動き出す運命

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動き出す運命

ピッ、ピッ、ピッ。 オフィスの入り口に設置されたロックを、次々とIDカードキーで解除をする音が聞こえる。 「おはよう!  あれ?藤村、休みじゃなかったか?」 「おはようございます。  朝は、すみませんでした。  回復したので、大丈夫です。」 「そうか。  まぁ、無理しないで、体調悪くなったら言って!」 よく通る凛々しい声で挨拶をしたのは、上司の篠原さんだ。 やっぱり服装が6月11日と同じ。 篠原さんは服装にこだわっていて、お洒落に手を抜かない。 全く同じコーディネートで出社してくる日もあるが、1ヶ月に1度と同じ服装は見ない。 そんな篠原さんが同じ服装なんだから、やっぱり時間が戻っていると考えた方が妥当だ。 「おう!  体調は良いの?」   私の後ろの席に腰を下ろしたのは、相田くん。 学生時代は野球に熱中してい彼の通勤スタイルは、スポーティだ。 いつも健康的な肌色に、ビジネスリュックで軽快に登場する。 週末は、野球をしたり、ジョギングをするらしい。 相田くんのデスクは、私の目の前。 デスクに座った相田くんも、1度目の6月11日と同じ服装だった。 「相田くん、おはよう。  ありがとう、大丈夫です!」 岡田さんに電話で伝えたから安心してしまっていた。 相田くんには、篠原さんとの会話が聞こえていたからので、事情を深くは聞かれなかった。 チームのみんなに休むって連絡したんだった。 上手く話を合わせておかないと、変に心配をかけてしまう。 「相田くん。  こないだ頼んだクライアントの資料できてる?」 「もちろん、できてますっ!」 自信が溢れ出した顔に、野球で鍛え上げられた良く通る声が加わり、相田くんの意気込みが伝わってくる。 ただ、残念ながら、相田くんはやる気だけが空回りしている場合も多い。 ふと記憶が蘇り、前にチェックした時は2年前のデータが間違っていたことを思い出した。 肝心なデータが違ったせいで、会議中に作り直してもらうはめになったのだ。 「ありがとう。  念のためなんだけど、  2年前のデータをもう一度チェックしてもらっても良いですか?」 「2年前のデータ?  俺、ちゃんと確認しましたよー。」 資料の出来に自信を持っていた相田くんは、不服そうにパソコンのデータを確認し始めた。 まだ資料も見てないのに指摘されれば、余計に納得がいかないと思う。 「えっ、まじか。」 独り言なのか話しかけられているのか、判断できないくらい大きな声がパソコン越しに聞こえた。 「相田くん、声がでかい。」 「藤村さんなんでわかったの?  2年前のデータ間違ってるわ!」 相田くんは、えー、なんで。、とまたもや大きな声で独り言を放ちながら、マウスをカチカチ押している。 「あー、うん。  なんとなく間違えやすい場所かなぁ〜って。」 不思議そうな私を見た相田くんと目が合ったが、透かさず視線を逸らしてしまった。 普段はやらないのに下ろした髪の毛先を触ったりまでして、しどろもどろになっている。 「藤村さん、エスパーですか?  新しい特技だな!」 だめだ、私ごまかすの下手すぎる。 何事にも真っ直ぐで疑う気持ちを知らない相田くんだから、聞き流してくれたのだ。 「おはよー!  なに?なに?  どうしたの??」 後ろを振り向くと、お洒落なセットアップスーツで、出勤してきた珠里がいた。 パソコンの電源を入れ、デスクの上を整えながら、おもしろいものを見つけた子供のような笑顔でこちらを見ている。 「あっ、おはよー!  なんでもないよ。  相田くんの資料がちょっと違っただけだから!」 鈍感と筋肉の塊な相田くんと違って、何事も察しの良い珠里に話を掘り下げられたら、きっと怪しまれてしまう。 「エスパー藤村がいたんだよー!」 正面のパソコンの上から見える相田くんの顔は、口はタコ、目を細めている。 しかも、手をクネクネさせて変な動きまでしている。 相田くんを見る珠里の顔が、一気に冷静になった。 さっきまで興味津々だったのに、一瞬でこの話題への熱が冷めたみたいだ。 年齢以上に落ち着いた性格の珠里は、相田くんの子供っぽい行動に呆れて、これ以上関わりたくないと感じたのだろう。 「ほら、会議に向けて準備しないと」 今のうちに空気を変えてしまえ!、と珠里の肩を叩いた。   「沙織、今回のプロジェクトに力入れてるもんね!」 珠里の気持ちを上手く仕事モードに戻せた。 パソコンに向かって今日の会議で使う資料の最終確認を行なっていると見た。 「おはよ〜!  相田、朝から元気だなぁ。」 席を外していた岡田さんが、爽やかな笑顔で帰ってきた。 岡田さんの相田くんは、正反対の雰囲気の2人だけど、休日に一緒に出かける仲だ。 「相田、週末どうだった〜?」 「めっちゃ走りました!」 2人のたわいない会話が、どんなに落ち着くか。 このまま明日を迎えるわけにはいかない。 岡田さんが死んでしまう運命を変えないと。 時計を見ると、プロジェクトの会議まで1時間を切っていた。
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