18人が本棚に入れています
本棚に追加
「実は…亜紀先生と鈴菜先生んとこ、辞めようと思って」
「何で又?」
彼女は現在、法律会計事務所に勤めてる。
綾香さんの就活が難航してた時、彼女の伯父さんは、知り合いが新しく事務所を立ち上げるので、身元がしっかりしてる人の紹介を頼まれた。
家庭内の人間関係はともかく経済的に困窮してなくて、上品で見た目の良い綾香さんは事務員として、うってつけだったらしい。
「残業もなくて、勤務条件が良いって言ってたじゃない?」
「うん、両先生とも家族を大切にしてるからね」
「じゃ何故…」
「実は、実用ハンドメイドの受注が増えて、終業後と休日だけじゃ追い付かないの」
俺は黙りこくった。
これだからお嬢さんは…と喉まで出かかった。
それで生計を立てるのが夢だったのは分かる。だがこのご時世、コネというセカンドチャンスを持ってる人、コネを使える有難い人間は一握りだということを知らな過ぎる。
幾分不機嫌な調子で俺は、
「注文増えたのも今だけかも知れないじゃん?事務仕事の方が安定的だよ」
「…でも夢がない…」
これだから!!
確かに法律会計事務所は、人と人の感情やお金のもつれを整理するところだ。夢は必要ない。
クリエイティブな仕事をする人には2種類いると思う。古典作品や他の技法を叩き台にして今時を作りあげる人。
もう一方は、全く0から新しいモノを作る人。実際こちらの方が少数だが、己がそのタイプだと勘違いする人間は多い。
「綾香さん、実用ハンドメイドだって、事務所で働き始めたから着想を得たって話てたよね?」
「…うん、そう。だから正直迷ってる」
先程とはうってかわって正直過ぎる彼女を見ていたくなくて、俺は腕組みをしたまま、そっぽを向いた。
その後、秋の味覚満載の土瓶蒸しがきたが、腹が立って味がしなかった。
最初のコメントを投稿しよう!