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あの夜の綾香さんが気になったが、俺も仕事に追われていた。
週1ペースで会って食事をしてたので、流石に2週間音沙汰無しは心配になった。
仕事に区切りをつけ連絡を取ろうとしたら、彼女の方から一報が来た。
「会って話を聞いて下さい」
その一行に、悩んだ時間が凝縮されてる様で、痛ましい。
美味しい物を食べて元気になって欲しかったから、俺は奮発して鉄板焼きか会席料理を提案した。
彼女の返事は「ゆっくり話がしたいので、会席で」だった。
約束の日、元から細い綾香さんが更に痩せて現れた。
「体…平気?」
「うん、最近少し寝れてないだけだから」
座敷にあがる彼女の裾から見える足首が、悲しくなる程細い。
「良いとこだね、ここ」
綾香さんは座ってからずっと、公園に生い茂る常緑樹を見てる。
「穴場なんだ。料理は事前注文だったけど…いいかな?」
「うん。食べれない物ないし、楽しみ」
そう言って僕に微笑んだ。
料理が給仕される度に感嘆の声をあげるが、肝心の話はなかなか切り出さない彼女。もう焼き物まできてる。
ふっくらとした真鯛の切り身に、かぼすを搾る代わりに彼女は涙を落とした。
「美味しい…渉兄、ちゃんと食事してるかな…」
「彼女が側にいるなら大丈夫じゃない?」
俺はわざと彼女の涙に気付かないフリをして箸を動かす。
「…曜子さん、妊娠してるんだって」
「…」
「悪阻が酷かったら、調理出来ないよね…あ、でも渉兄キッチンのバイトしてた事あるから大丈夫か」
明るく笑って涙を拭い、1人で話を進める彼女。
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