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第二章
※
今、よく考えれば随分と前から信一は自分になんらかのサインを表していたのだろう。いや、もしかしたらわざと気付かせようとしていたのかもしれない。そして多分、自分もそれに気付いてはいたのだ。そうでもなければ見え隠れするものに違和感を抱いたり、疑惑に目を向けることもなかったはずなのだから。
しかし、思ったよりも自分は弱かった。己のエゴばかりを優先して、気付かないふりを続けていた。そうであって欲しいからという自分の奥底にあった願望で、そこまで思うものから託された必死の声をもわからないふりをした。そうとしか思えない。
精一杯のサインに対して知らん顔をする自分だけを頼っていた信一は、自分をどう思っただろう。余程頼りないと呆れたか、薄情さに失望しただろうか。
今となっても綺麗事のひとつもない。最後で唯一の頼りであったはずだ。それなのに、故意に、見なかったのだから。手近にいる確実な存在である自分に見捨てられた信一はどれ程心細い思いをしたことか。
きっと今にも砕け散りそうな程ひび割れた状態だったのだ。そしてそれを繋ぎ合わせるのが自分だった。信一もそれを望んでいたというのにその相手がどうだ、信じたくないというエゴ一つで、その全てを拒絶した。
脆く、あちこちが悲鳴を上げて後一押しの所まで欠けた信一をこれでもかと砕いたのは他でもない自分自身だった。
せめてあの日でも、どうして追求してやらなかったのか。機会は幾らでもあったのに、きっとなにを選んでいても崩れてしまうような関係でもなかったのに、なにを怯えていたのか。
この嫌悪感は、後悔などという生半可な言葉では表しきれない。恐らく人間の作り上げたどんな言葉であろうと、自分を罵りきれるものなどはない。
砕け落ち始めていた信一を拾ってやることもしなかった。
ただ、砕け散った今、落ちているままならば拾い集めることは出来るはず。
同じ形におさまるのかもわからない。こうであれという虚像をまた当てはめてしまうのかもしれない。苦しめてしまうのかもしれない、更に傷付けてしまうのかもしれない。
しかし「どうにもならなかった」には、もうならない。もう一度、今度こそは「どうにかはなった」と、言えるように。
ことは二カ月前に遡る。
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