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篠宮と三上章、川村司の三人は高校に入って一気に仲を縮めていった。
三人は町内の幼稚園に通う頃から一緒だったが、小学校に上がる頃には既に体の弱い川村は半分町外に住み、治療をしながら隣町の学校に通っていた。
元々人数の少ない同年代はこの田舎町では貴重で、小中と学校が離れた川村が高校からまた一緒に同じ学校に通えるというだけでも喜ばしかった。その上同じ学校に通えるということは川村の持病も良い傾向であるという証拠だと篠宮と三上は一層喜んだ。
幼稚園の頃のように、三人はクラスが違っても常に連れだって過ごした。川村を気遣う場面はあるが、昔よりも本人が明るく過ごしているので安心もしていた。
暇な時間を弄ぶ中の、四月の中頃。三人は町で立つ噂の一つに暇つぶしの目を付けた。
それは町にとって絶対の存在であり、各々も小さい頃から世話になっている屋良医院に対しての噂だった。この町で死人が出た際、その遺体を一時預かる場所が屋良医院にはある、そんな内容だった。
怪談の類でもないが、小さい頃には気にも留めなかったものが十代になって格好の餌食になるのはよくあることで、篠宮、三上、川村の三人はその日の内に侵入を決めたが、その、死人が出たという話を聞くまでは決行は出来ずにいた。
そうして数日が過ぎ、当初の意気込みも薄れ始めた頃、漸く時が訪れた。
いつも通りに三人で時間を過ごした後、各々が自宅で過ごす頃、時刻は二十三時半を過ぎた所だった。
三上の自宅にかかって来た電話に応答する母親の会話内容が三上自身も知る、偏屈で変り者として知られていた八十代の老人が、体調不良から自力で屋良医院まで訪れたものの、そのまま亡くなったというものだった。
こんな田舎町で一人身で、変り者だった老人と親しく家族の話をする住人もいなかった。その所為で老人が含まれていた町内会の会長が親族を探す為にあちこちに電話を回しているが、まるで関係のない三上の家にまでその電話が回る程難航している様子であった。
となれば、と、三上はすぐに篠宮、川村に連絡をして、三人は現地集合で屋良医院集まったのだ。
時刻は三上の自宅にかかって来た電話から更に三十分以上が経過して零時を回っていた。春の割に深夜ともなれば冬に近い程の寒さが残り、それが更に病院に忍び込むという肝試しはなんとも言えない高揚感を煽っていた。
医院の入口の照明はついていたが、待合室等の場所に明かりはなかった。老人の身内探しで連絡待ちではあるが見込みもなく、けれど就業しきるわけにもいかないのだろう。こんな時間にまで働かなければならない医者にはなれない、そんな話をしながら、三上を先頭に目的の部屋を目指した。
自宅側と違って屋良医院側には塀や囲いはない。忍び込むに楽ではあるが、反して人目にはつきやすい。田舎町とは言え、自分達のように深夜でも歩き回る住人もいる。なるべく人目を避けるように屋良医院の裏側、道路もなく、木々と砂浜を挟んで海のみが広がる庭のような場所から侵入を試みた。
噂では遺体が置かれる場所は所謂死体安置所などではなく、本来の使い道は肺炎などの感染率の高い患者や、待合室で順番を待つのも辛い患者が安静に診察までを過ごせるように個別に作られた部屋であると言う。
場所は入口からすぐ左手で、待合室とは真反対に位置している為普段診察を受ける身として利用する際には向かわない方向である。
その場所に部屋があることは知ってはいたが、周囲に使用した経験のある者もおらず、そこが何であるかは興味もなかった。けれど、こんな噂を仕入れたからには確認してみたくもなる。ほんの、火遊びの一つの気持ちで。
話に聞いていた通り、その部屋の窓は小高い場所に設置してあった。背の高い篠宮ですら背伸びをしなければ中の様子は窺えず、覗き込んでも不安定な視界では確実なものは得られなかった。
時間をかけるわけにもいかず、恐らくここであろうと適当に決め上げて三上が開錠を試みた。
窓の開錠の仕方はインターネットで調べてあった。医院の他の場所と同じ仕様であろうと踏んで、違っていた場合などは頭にもなく、いざ目星をつけていた窓を前にして小競り合いをしたが結局は調べた方法で開錠が成功し、三人は意気込み強く部屋の中へと忍び込んだ。
背の高い篠宮が持ち上げて、まずは一番小柄な川村を部屋に送り込んだ。次に三上が半分自力で窓を乗り越え、後は手を離せば床に落ちるのみとなった所で、川村が声を上げた。
その声はこの夜の暗闇でなくとも、この場所が病院でなくとも恐怖であがった声なのだとすぐに理解出来る程の悲鳴であった。
今まさに床に降りようとしていた三上は、声に驚き、壁にかけていた足を滑らせて勢いよくずり落ちてしまった。何事かと振り返ると恐怖に染まった川村の表情に竦み、すぐには状況を把握出来ず窓から外に出ようと壁に飛び掛かる川村とその真下にいる三上とでぶつかり合ってしまう。
一人窓の外にいる篠宮だけはまるで状況がわからない。二人を送った窓の中から、その二人の悲鳴だけが響く。背伸びをして窓にしがみつき、中を確認してみると早く、助けてくれと泣き出しそうな表情の二人が篠宮に向かって手を伸ばしてきた。
何事かと問う暇もなく、篠宮はまず三上に川村を持ち上げるように促すが三上もそれどころではなくなっていて会話すら成り立たなかった。二人の声を遮る為に篠宮が声を張り上げると漸く、三上が理解して川村を持ち上げるが混乱している二人の動きが噛み合わず、少々ごたついた後に川村を窓から引きずり出すことが出来た。
次は三上の番、篠宮が三上に腕を伸ばし、引き上げるその背後に、篠宮は二人の恐怖の理由を見た。
三上の話の通りにあった寝かされた老人の遺体らしき姿、そして、その傍らに立つ、真っ白な人影を。
男とも女とも判別し難い、まるで生気のないその顔は、まっすぐに篠宮を見つめていた。
理解したと共に篠宮までもが恐怖に包まれ、叫び声をあげながらもなんとか三上を引き上げる手が震え上手く掴めず、力任せに三上の服を握って引き寄せた。それに合わせて三上が壁を這いあがり、三人は漸く窓の外に出たのと同時、わき目も振らずに走り、走り、逃げ出した。
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