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何度戻ってもこの町は変わらない。いっそ見る影もなく変化してしまってくれていたらもう少しばかり心も軽かったのかもしれない。常に平然となにもかも受け入れるかのように在る、そこにあるものも当然のように。
大槻は駅からまっすぐに目的の場所へと向かっていた。職場を出た時よりも空はずっと暗く、就業後からこの町への列車まで少し時間が合いた為時刻は二十一時を過ぎていた。
夏になりきらない狭間のようなこの季節でも撫でる風がやけに生温い。
湿気を帯びた空気にまた雨が降るのだろうと容易に察しがついた。今年は止んでも止んでも雨が降り続ける。まるで自身に対しての嫌味のようだと感じたが、振り続ける雨の方が余程空気も浄化して植物さえも育てる。大槻の体に満ちたそれは降り続けてはいても流れてもいかない。同じにしては、差が酷過ぎた。
大槻の行く道は夜の暗闇に等間隔で街灯が並んで、まるで長い坂道の行き先を導いて照らしているようだった。
この先に如月が出来る前まではただの住宅地で、大槻がまだこの町で暮らしていた頃にはもっと家は少なかった
当時も殆ど通ることがなかったこの道を、ほんの二ヶ月程で一体何度行き来をしただろう。この道がこんなにも忌まわしいものとなるとは、暮らしている頃にも思いはしなかった。
下りきると海があり、登りきると如月があるこの道は、今や最も忌まわしい。
坂道の中腹より少し、下。その右手に並ぶ民家の一軒に「岡崎」と書かれた表札が、ひとつ。
目的の場所が目の前。ほんの一瞬でも迷ってしまえば二度とない。大槻は頭が考えてしまうよりも先にインターホンに手のひらを押し付けた。
返事をして扉を開けたのは、幸運にも息子ではなく目的の父親だった。先日駅で顔を合わせたお陰でこの時間に訪問した大槻を怪訝にする様子はなかったが、ここ数日ロクに眠ってもいない覇気のなさには少しばかり眉を顰めていたように思えた。きっと、恐ろしい程酷い顔をしている自覚はあった。
「先日お会いしたのでおわかりだと思いますが、警察の者です。お話したいことがあるので、外で、よろしいですか」
大槻の言葉に、岡崎は一瞬、背後に目を向けた。息子に聞かれてはならない話なのかと、察したに違いなかった。促すように大槻が扉から離れて玄関先へと出ると、岡崎は静かに扉を閉めて、続いた。
なにか疑う様子も、焦る様子もない。きっと、大槻が十八年前のことを知っているとは思ってもいない。屋良家と関わりがあることも、もしかしたら大槻のことすらも知らないのかもしれない。
大槻自身、この岡崎のことは知らなかった。それは両親や叔父に隠された部分であったのかもしれないが、装っていないとしたらお互い、屋良家を通して関わりがあることを知らなかったことだろう。
一体どんな反応をするのだろう。どうなってくれても構わないが、一瞬見せた岡崎の父親である仕草が、大槻を僅かに口ごもらせていたのが事実だった。
この父によって壊された人生を生きている子供を既に知っている。その末路が、このザマであることも。
少なからずこの一件とは関わりのない岡崎の息子が一瞬場に漂って、戸惑った。どうしよう、でも、しかし。
大槻にとってそれよりも大切なものがあった。もしも壊してしまったとしても。
「屋良家のことです。屋良、美津子さんの」
生温い風が吹く。背後で草木が擦れ合う音が強く、鳴った。
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