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窓に打ち付ける雨の音で目が覚めた。
カーテンを閉め忘れた窓からは薄暗い光が射し込み室内をぼんやりと照らす。枕元の時計は午前四時半をさしていて、当然、登校時間には早すぎて自然にまた眠りにつくのを待った。
寝そべるベッドから見上げて左壁の窓から見える空はここ数日同様相変わらずの雨模様で、ガラスを伝う雨水が外と中の境を辿るようで密室感を余儀なくされる。流れる雨水の向こうには濃い灰色の雲が重々しく空を這い、最早大差もない空と地上の境となった。
ぼんやりと流れて形を変える雲を眺めて幾らか過ごしたが、過ぎる時間を急かすように時計の秒針音と雨音ばかりが頭の中にこだまして、とても寝つけるものではなくなった。何度も寝返りを繰り返し身体が落ち着く形を探しはした。けれど、やはり耳が特定の音を拾っては静かすぎる室内の所為か脳で直接鳴っているかのようで神経を削がれてしまった。
意識を散らそうと視界からの情報に集中しても室内は五年前から家具の配置が変わらない。見慣れてしまって、まるで刺激にかわるものはなかった。
三十分は過ぎただろうか。
薄闇に慣れてしまった視界ではつい先程まで確認出来なかった制服が殆ど壁と同色の中で浮かび上がっていた。四月から通っている高校、如月高校の制服はどこよりも珍しい灰色の詰め襟で、それはこんな片田舎には余りにも目立ち過ぎて外を歩くと肩身が狭い。なにをしていても、どこにいてもすぐに如月と分かってしまう。人口に対して子供よりも多い老人には興味を持たれ、出会うと八割方話しかけられてしまう程。
あれは厄介だ。あと何年経てば、老人達は慣れてくれるのだろうか。自分の親世代がその年齢になるまでは、続くのだろうか。
いつのまにか雨足が強まってきた。打ち付けるリズムが複雑に窓を叩きつける。
はたと思い浮かんだ。毎日、余程の悪天候でない限り決まった時間に家の前を通り過ぎて行く老人。彼はいつもこの家の前を通ってその先にある海へと歩いて行くのだが、さて、今日も歩いているのだろうか。頭とは裏腹に未だ微睡む身体を起こして見た窓の外は、ガラスを伝う雨水が不規則な模様を作り幾分見づらかった。
それでも目をこらし、家の前の道を右から左へと眺めた。薄暗いそこには車一つ通っていない。流石にこの天候では無理だと諦めたのだろう。しかしどうして年寄りは朝歩きたがるのか、いまいち理解に苦しむ。
することもなく、暫く見続けていると道の左側、つまり海側の道から白い塊がこちらへ向かって来た。あの老人だ、彼はいつも同じ白いジャージを着ている、間違いない。
海側から現れたということは、この雨の中、もう歩き終えたということか。やはりあの老人の行動は理解出来そうにない。けれど流石に、小走りで家路を急いでいるように見えた。
暫くそうして雨に打たれる老人を眺めていたが、家の前に差し掛かった時、老人がこちらを見上げたような気がして瞬時に身を隠した。反射的だったが、何故そうしてしまったのかよく分からない。
再び視界に入るのは薄闇に浮かび上がる室内、いつもの老人もなんら変わりない。
変わらない部屋、変わらない光景、変わらない日常、変わらない環境。
いや、ひとつ、あった。先日のクラスメートの葬式、あの場面は確実な変化と言えた。いや、変化というよりは、異質な出来事だ。
出棺される以前より既に杭打たれた棺には、花一つ手向けることが出来なかった。あんなことは、幾ら老人の多い田舎町でも初めてのことだった。
窓から流れるひんやりとした空気は壁を這って背中へと伝わっていく。次第に体温と調和して、さっきまで眠っていた体の温もりを根刮ぎ奪っていった。
雨音は絶えず続いた。部屋の中が灰色から、色を持ち始める時間まで。
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