第一章

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 不自然だった。本来ならこれまでの経験で数年に一度あるかないかという葬儀に、たった二ヶ月で二度も参列している。奇しくもこんな日に限って空は久し振りの快晴で、昨日降った雨など小さな水溜まりを残す程度に枯れてしまった。  川村の葬儀は町の小さな会館で行われた。町内会や祭り、時には忘年会などの集まりにも使われるそこはけして広くない。如月の生徒などまるで収まるわけもなく、学校の代表として町に住む同学年のみが集められ流れ作業のように焼香を済ませている。  灰色の詰め襟制服が陽に反射して眩しかった。葬儀は晴れ渡る空の下淡々と行われ、覚えのある形式的な葬儀そのものだった。四月に行った同級生の葬儀の感覚が残る中、戸惑うことなくその流れに沿う様子はいつかのようにどこか機械的にも感じる。  岡崎はまた、この集団を俯瞰していた。ろくに声も聞かず顔も見てこなかった相手、こんな感じの奴と説明されてもなんとなくしかその存在が浮かばないような相手の死をあちこちで啜り泣く彼等と同じく悲しめるわけもなかった。またあの日のように、自分の目を通して情報を得ているだけの、まるでニュースでどこかの誰かの死を見ているような他人事の気分だった。  葬儀は業者が執り行うのではなく町に住む川村の身内に関わりがある者の有志によって進められている。田舎ならでは、坊さんすらも町では顔見知りの一人で、この場に本当の意味での他人はいない。  同じ町に住む者ならば葬儀を手伝うのは当然、幾ら町中を綺麗に繕った所でその田舎のしきたりのような部分は隠し通せるものではないようだ。  違和感を持って列び続け、漸く回ってきた焼香の順番もあっという間に過ぎてしまう。ほんの一瞬で終わってしまった役目にこの為だけに訪れたのかと思うと尚更、岡崎は憂鬱さが増した。  集められた全ての生徒の焼香が終わり葬儀が終盤に入ると残すは出棺のみ。参列者が壁際に避け、花に包まれた祭壇から木製の棺を取り出す。参列者の何人かが慣れた流れで部屋の周囲に飾られた花々を手にして棺が台に乗せられるのを待ったが、しかし――……  祭壇から運び出された棺は台も用意されず、出されたその手ですぐに部屋の外へと運び出されてしまった。花を手向けることもなく故人の最期を見おさめることもなく、運ばれて行く棺は既に杭打たれ、完全に密封されていた。  何事もなかったかのように過ぎて行く棺に、岡崎は先の同級生の葬儀を思い出した。「同じだ」、そう頭の中に浮かんだ言葉は瞬時に岡崎の憂鬱さを取り払い、鮮明に、二ヶ月前の葬儀を思い起こさせた。  最期に顔を合わせることも、花を手向けることこともなく、既に閉じられた棺。あの時もそうだった。あの時と同じ異様さ、何故。  まるで隠すようなその行為は一体なんの意味があるのか。なにか酷い事故に遭い、見ることもかなわない状態であるならばこの状況にも納得出来る。しかし四月に死亡した同級生も人目にできぬ程の姿ではなかったはずだ。転落死した三上ならば納得がいくとして、まして川村などは事故死でもなく病死、いわば自然死ではないか。  岡崎は目の前を過ぎて行く棺を見えなくなるその寸前まで目で追った。そして瞼を閉じるとまたあの黒い靄が、瞼の隙間からさし込んで来たような気がした。  もし、三上の葬儀でもまた棺が閉じられていたら――……  それは、この黒い靄の正体になるのかもしれない。  川村の棺が見送られ、親族以外はその場で解散となった。如月の生徒は各自大人しく帰宅するようにと、同じく参列した教師に念を押されて見送られる。なにしろ警察による三上に関する聴取は先日から開始され、あの日重要なものを見た生徒から順に行われているのだそうだ。そう、岡崎の耳にも既に噂が届いていた。  対象の生徒は決まっているはずで、そもそもそう多くはなくともそれ以上の面倒は困ると念押しの意味なのだろう。校長の話しでしか知らない、三上がどこにいたのかすらも見ていない岡崎には、その順番が回ってくることはないのかもしれない。  ここ数日軟禁状態の生徒の中には多少の不満を漏らし教師に訴えかける者も少なくはないが、岡崎にとってはさほど不便な状況ではなかった。そこまで遊び歩きたいわけでも学びたいわけでもない、今も文句を垂らす生徒の塊をすり抜け、既に会館の敷地から出て帰路を進み始めている。  会館の周囲は喪服の黒が点々と、夏の青々とした景色に穴を開けているようだった。  岡崎がその景色に気をとられたまま数歩進んだ頃、正面に人の気配を感じて視線を向けるとそこには道ばたに佇む男がいて、すぐに男の背中側へと避けてしまった所為でそれが誰であるのか認識出来ず、名前すらも浮かばなかった。  誰だっただろうか、岡崎が考える間、男はこちらの視線に気付く事もなく、ただじっと塀越しに川村が出棺された後の会館を眺めている。  参列者の一人か、きっちりと着込まれた喪服がそれを窺わせたがその人物とすれ違ったと同時に彼の名をはっきりと思い出すことが出来た。  すれ違い様に香ったにおいは独特で、瞬時に思い起こされる建物がある。病院のにおいだ。佇んでいた男は、あの屋良医院の長男、屋良信一(やらしんいち)、その人であった。  気が付かなかった理由はいつもは白衣を纏っていた身体が正反対の黒い喪服で包まれていた所為だろう。  参列したということは、川村は屋良医院で看取られたのだろうか。自分の病院にかかった人物の葬儀に参列するとは随分熱心なものだと、岡崎はその程度の感覚でその場を去った。
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