第一章

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※  わたしはいつもあの辺りを散歩のコースにしてましてね、え? ああ、ええ、いつも決まった時間に。明け方ですね、この歳になると朝なんて早いんですよ。寝る時間も起きる時間もねえ、ええ。おまわりさんはまだ若いですから、分からないでしょうけどねえ。  あ、はい、ええそうなんですよ。あの日もいつもと同じ時間に同じ場所を。はい、そうですねえ、あの辺りを歩くのは……そうですね、大体五時半位でしょうかね。あの日は五時半丁度でしたよ、あんな所に学生がいるなんて滅多にないことですからね、すぐに腕時計を見て、時間を確認したんですよ。それに目立つでしょう? 如月の制服は。  ええ、間違いありません。毎日あの道を歩いているんです、どの辺りを歩く頃に何時になるか大体のことは分かりますよ、もう十年は続けてますからね。  そう、そうです。それで珍しいなあなんて思いましてね、暫く彼等を見ていたんです。そしたらもう視力は弱いんですがね、霧の中からこっちに向かって来てたんで。ええ、二人とも。なんでしょうねえ、なんでなのか、両方とも今にも泣きだしそうな顔をしてましたね。あと、疲れたような。血まみれの方の少年はその状態で何を泣きそうだったんでしょうね。まさか自分のしかとこに悔いて泣くにしても、ねぇ?  ああはい、それで声を掛けてみたんですよ。風邪をひくからって、ええ、海にいた少年にですね。血まみれの少年には、正直それどころじゃないというか、考えつきませんでしたね、だって血まみれですから。  そりゃあもう驚いて。まさかそんなこと、こっちは考えてもみませんでしたから、それで慌てて離れたんです。……そりゃあおまわりさんだってそうするでしょう? ……ほらね、普通そうですよ、誰だって。  ええ、その通りです。家がもう近くだったんで急いで帰って電話をしました。妻もえらく驚いて。  ……そうそう、屋良医院の末の息子なんだってねえ。まだ若いのに、あんなことになっちまってねえ。  え? いえいえ、そんな。この町のもんにしたら当然ですよ、皆屋良医院にかかってますし、なんたって小さい村の時からの付き合いですから。まあ、それ以上の付き合いなんてありませんけどね、ええ、嘘じゃあありませんよ。
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