決して揺らぐことのない永遠のポラリス47

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決して揺らぐことのない永遠のポラリス47

「上手く言えないけれど」  ごめんだとか、ありがとうだとか。大切な言葉なのに、いざ相手を目の前にすると何も言えなくなる。大切な対象であればある程に言葉は出なくなるものだ。 ──キヨなら、出来る。  記憶の中にしまい込んだ魔法の呪文。頭の中でなぞる。少し高めの音域。砂糖を一匙入れたくらいの甘さ。大好きな大輝の声。それが舞台では途端に凄みを醸し出す声に変わるのだから不思議だ。 (俺はいつも、言葉が上手くないよ。大輝、力をくれ。俺はいつだって肝心な時に素直になれないんだ。お前のどこまでも真っさらな素直さを今だけでいいから、俺に分けて欲しい)  沈黙が続く。清人は祈るように天を仰いだ。自然と目が向いた二階席。息を飲む。普段なら絶対に分からない距離なのに。認識なんて出来るはずがないのに。見つけてしまった。清人だけの一等星を。  大輝はただこちらを真っ直ぐに見つめている。心配そうな顔。こんなに離れているのに表情までこんなにはっきりと見えるのか。驚きすら覚える。つっかえていた喉が緩まる。 (俺は、いつだって大輝を見つけてしまうんだな)  そうだ、今このステージを見守ってくれている人がいる。かっこ悪いところばかり見せていられない。素直じゃないと同時にカッコつけたがりな部分もある。じゃなきゃステージに立つ道だなんて選ばない。 「ありきたりな言葉になるけど、まずはありがとうと言わせてほしい」  沸き起こる拍手。チラリとメンバーの方を見ると理央まで泣いている。普段泣かない奴が泣くのが一番心にきた。ずるいにも程がある。 「理央、貴也、和成。それから皆に会えて、本当に良かった」  そして大輝。俺の綺羅星。お前に会えたから俺は迷わずにここまで歩いてこれた。側で笑っていてくれたから、俺は長年の夢、幕を自分で降すことが出来たよ。  こうしてロックバンド「カーテンコール」の歴史は幕を閉じた。  最後の曲、アウトロのドラムラインとアルペジオのメロディーが未だに頭の中で鳴っている。ライブが、そしてバンドが終わったと実感をするにはまだまだ時間がかかりそうだ。 「キヨ! お疲れ様」 「本当、良かったよ」  今日の為に沢山の人が駆けつけてくれた。改めてとても愛されたバンドだったのだと思い知る。理央と立ち上げて、貴也と和成の力も合わさり、スタッフにも恵まれてここまで成長を遂げた。自分のバンドながら本当に凄いと思う。 「愛されてたんだなー……」 「ん?清人、なんか言った?」 「いや、何でもない」  こんなぼやきを聞かれたら恥ずかしくて仕方がない。適当に誤魔化して、席を立つ。関係者が次々と挨拶に来て労いの言葉をかけてくれるのはありがたいが、今は一人になりたい。 「ちょっと外の空気吸ってくるわ」  マネージャーに断りを入れて外に出る。特に引き止められることもなかった。きっと清人の心情を察してくれたのだろう。向かった先は裏口。この会場は正規の入り口の他にもいくつか裏口があって、清人がいる場所は機材搬入専用となっている。出待ちのファンもここまでは入って来れない。というよりも関係者以外、あまり知られていないスポット。外は思ったより冷えていた。汗をかいていたが着替えるのも面倒でTシャツ一枚だけでここまで来てしまった。 「眩しい」  開演前は日が少し傾いていたくらいの空だったが宵闇が一面に広がっていた。いつもより星がキラキラと光って見える。最後、ステージを去る時にいつまでも熱い視線を投げかけてくれたファンたちの瞳に重なる。ちゃっちいペンライトの光よりも余程美しかった。 「お子ちゃまはもう帰ったかな」  この空を大輝と見上げてみたい。会いたい。幻滅した? いや、それとも惚れ直してしまっただろうか。でも今は思い切り抱きしめたかった。 「俺、頑張ったよ」  いつもふとした瞬間に大輝の顔が浮かぶ。日常の端々で感じた。今だってそう、想いが通じ合う前からいつも大輝の事を考えていた。 「ねー! 鬼頭くん! ここ違うって絶対!」 「いや、この先に楽屋があると思う」 「……ねぇ、丈。無理しなくていいんだよ?」 「無理はしてない」 「認めなよー。迷ったってさぁ」 「一度来た事がある。迷ったりするものか」  センチメンタルな気分を打ち破ったのは聞き覚えのある声。三人分。 「大輝?」 「あ、キヨ!」 「……お疲れ様でした」 「あ! 清人さんお疲れ様でした! いやー! めっちゃかっこよかったです!」  駿太と丈。それからさっきまで清人の頭の大部分を占めていた大輝。何でこんな所に。 「すいません、ゲスト出してもらったんで挨拶にお伺いしようと」 「そしたら鬼頭くんが迷っちゃってぇ」  丈が駿太の方をキッと睨む。それを面白がって余計に煽る駿太を大輝が宥めている。 「楽屋なら真逆だぞ」 「ほらぁ! 鬼頭くんだから言ったじゃん」  和気あいあいとした三人にしんみりとしていた心も綻ぶ。大輝の様子からみると丈とも無事に和解をしたのだろう。 「それより三人とも、舞台お疲れ様。観には行けなかったけど凄い評価高かったな」  ツアーの都合上、千秋楽には行かなかったが大体の様子は大輝からの写真付きメッセージで知っていたし、何より千秋楽のレポート記事はどれも絶賛の言葉が並んでいた。「過去最強布陣の帝国軍」なんて書かれていたりもした。でも決して遜色のない評価だと思う。実際に舞台を見た清人が言うのだ。間違いはない。 「まぁ、色々ありましたけど。でもめっちゃいい感じで終われました!」  あの時以上にいい舞台だったのだろう。三人の表情から、千秋楽の成功の様子が手に取るように伝わってくる。 「キヨのお陰だよ」  そんな風にはにかまれたら、心臓が止まるかというくらいにときめいてしまうよ。丈と駿太が居なかったらすぐにでも抱きしめていただろう。 「お、俺達。理央さんにも挨拶してきますので、あの、その……」 「俺達、楽屋行きまーす! つーか鬼頭くんのナビ当てにならないから俺がどうにかするって」 「大丈夫! 真逆ならさっきの道を戻ればいい」 「本当かなー? あ、清人さんと湯瀬くんはごゆっくり!」  賑やかな二人はそのまま早足で立ち去っていった。楽屋とは正反対の方に曲がっていたが同じ建物内だ。グルグルと歩き回っている内に辿り着くだろう。
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