収まりきらない、

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 雪が溶け、緑の季節になった。  短縮授業が終わった帰り道、私は洋館の前に来ていた。  あの木は次第に蕾をつけ始め、植物に詳しくない私でも薄々何の木であるのかがわかるほどになっている。  一輪だけ花の咲いたその木をいつもとは少し違う形で、少々高揚した気分で写真に収めた。  まだ満開には程遠い。だけど冬よりもずっと生気に満ちたその木を見られることが嬉しくて、彼にもそれをわかってほしくて、窓の方へ目をやった。  今日は彼がいない。  来たときにいないのはいつものこと。でも五分もしないうちに顔を出すのが“いつも”。今日はなぜかそれがない。なぜか? それは今が昼過ぎだからだ。 (……帰ろう)  名前も知らない少年がいないことがこんなにも違和感になっていることが不思議だった。だけどそれが日常だったのだから仕方がない。  彼は容姿を見る限り同年代なのだから、学校だろう。そう思い踵を返す。 「桜」  その先に彼がいた。 「桜だったんだな」 「……」  決して新しくない、それでも綺麗な制服を着て、左手に持った丸筒で自分の肩をポンポンと叩く彼がいる。  意地悪そうな笑み。向けられた顔は見慣れた美形で、視線はいつもほど上からではなく、私と同じくして地に足をつけている。その姿を見た瞬間、急に現実味が増した。 「知らなかったの?」 「今年越してきたところだから」  可愛い花を優しい視線で見つめる少年は、物語の中の王子様のような顔をした少年は、普通の、多分ちょっと良いお家に生まれた学生だということに、いまさら気づく。 「……中学校は今日卒業式だったんだ?」 「あれ、中学だってわかった?」 「一年くらい経ったところで、母校の制服は忘れないよ」 「そっか」  それこそ花のように笑う彼は、私の後輩だったのだと。 「……ねえ、お願いがあるんだけど」  手に持ったケータイをぎゅっと握りしめる。  あの肌寒い気温の中、初めて彼を見た日に握りしめたのとはまた違う緊張感と、手の中の物体の大きさに自分でドキリとする。  彼は訝しげに「何?」と返した。 「撮らせてほしい」  初めて買ったインスタントカメラを見せて、できるだけ気丈に振る舞った。  十文字にも満たない言葉の羅列は自分でもわかるほど強張った声色で、まだ名前も知らない後輩を相手になんて情けない、と自らが思ってしまうくらい頼りなかった。  彼の声を待った。  今の私の心臓は、元々人前に出ることが苦手な私が全校生徒の前でたいして上手くもない歌を披露しなくてはならなくなったとしたらこんなだろうと思うくらい、バクバクと騒がしい。 「アンタも一緒に写るなら」  私が被写体になったら誰が撮るんだという言葉を、彼の笑みを見て飲み込んだ。  今までに見た中で一番優しい笑顔だと、そんなことを思って口を噤んでしまう。  そんな自分が悔しくて、それを紛らわすためだけに眉間に皺を蓄え、私は彼の存在を睨むように見た。
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