第6章 転落の始まり

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第6章 転落の始まり

一週間して 至れり尽くせりのセレブ病院から、セレブの住むタワマンに戻ってきたけど、世話をしてくれる人は徹しかいない。母に手伝いに来てもらうことは最初から考えていなかった。悪い人ではないが、私が何をしても批判的な母の標的に再びなるのは御免だと思ったからだ。徹のお母さんもバリバリ働いていて、とてもお手伝いをお願いしますとも言えない。頼れるはずだった姉も、2週間ほど前、 「美沙が赤ちゃん産んだ後、手伝えなくてごめんね」 と謝りながら、アメリカに引っ越してしまっていた。それで、なんだか成り行き上、二人で頑張ることになったのだ。 私の愛情が足りてないのが、生まれたばかりの赤ちゃんにも伝わるのか、勇はよく泣いた。しかも泣き声が大きい。勇という名前をつけたことを後悔したぐらい。でも、徹が抱くと不思議と泣き止むのだ。 「勇、かわいいな~、かわいいな~」 「ねえ、美沙、今勇わらったと思わない」 勇、勇。徹は勇に夢中だ。なんだか私は徹を勇にとられてしまったような錯覚に陥ってしまう。いや、実際そうなのかもしれない。 最初は母乳をやろうと思ったけれど、あまり出なくて、結局粉ミルクのお世話になった。粉ミルクを準備すること自体は難しくないのだが、哺乳瓶の手入れが本当に面倒ください。それに、汚いおむつを変えたり、お風呂に入れたり。料理上手な徹が色々作ってくれるし、夜中も寝たふりをする私を起こしもせず、勇にミルクをやったりかいがいしく勇の世話をしてくれるので、私はかなり恵まれていたと思う。イケダンだった徹は育メンに変化を遂げ、勇を抱っこして窓辺に立つ彼は光のベールに包まれて神々しくさえ見えた。 それに比べて母親である私はどうだろう。勇の世話に終われ、だらりと垂れたお腹の伸びきった皮膚を眺めては、これどうなるんだろうと泣きたい気分になった。妊娠しなかったらこんなことにはならなかったのになんて思う始末。可愛い赤ちゃんが無事生まれたんだから、私の体型なんてどうでもいいなんて、到底思えなかった。かといって、すぐジムに行ってこの無様な体型を少しでももとに戻そうというエネルギーもなく、もやもやとした日々を過ごしていた。そうこうしているうち、徹がとっていた1か月の育休も終わり、私は勇と二人、家に残された。 ここからが地獄だった。何もする気なれなくて、勇が泣いてもほったらかし、そのうち泣きつかれて寝てしまう。でも、起きるとまた泣き始めて、私は勇の泣き声が怖くて、違う部屋に行って耳を塞いでしまった。さすがに申し訳なくなって、おむつを変えてミルクをやったけど、勇は泣き止まない。とにかく泣きつかれるまで泣き続けるのだ。抱いても 何しても泣くのを止めてくれない勇がだんだん憎たらしく思えてきた。これって危険だ。私はどうしてしまったんだろう・・・。部屋の隅に座って泣き続ける徹を抱きながら、自分も一緒に涙を流して、ひたすら徹の帰りを待った。
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