第8章 奈落の底へ

1/1
前へ
/10ページ
次へ

第8章 奈落の底へ

フラストレーションとストレスから、夜も友達と飲みに出かけるようになってしまった。徹も心配して、最初はカウンセリングに言った方がいいよなどと言ってくれいたが、あまりの私の身勝手さに、だんだん私を避けるようになり、私たちはベッドルームも別になり、二人の距離がだんだん広がっていった。彼の生活は、仕事、勇、シッターさんとで回るようになり、私の居場所はなくなってしまった。このころには、シッターさんは忙しい徹のために、家事も引き受けてくれるようになった。私だって、勇を愛おしく思いたいし、お世話もしたい。でも体が動かないのだ。罪悪感が大波のように押し寄せてきて、私をさらっていく。 ある日、家にいた私は勇の泣き声を聞いて、部屋から出てきてバシネットに寝ている勇を抱きあげた。でも、私が抱くと火が付いたように、もっと大きな声で泣きだし、泣き叫ぶ勇をどおしていいかわからず、思わずバシネットに戻してしまった。自分の中では、放りださなかっただけでもよかったと思った矢先、洗濯をしていたシッターさんが急いでやってきて、勇を抱いて軽く揺らすと、勇は泣き止んだ。私の中の何かが音を立てて崩れた。私は急いで部屋に戻ると、そのまま家を出た。 混乱しきった私はその後のことはあまり覚えていない。夜中に家の近くの神社の石段に座って眠り込んでいたところを 警察の人に見つけてもらって、パトカーで家まで送ってもらった。徹が心配して捜索願を出したようだった。ドアを開けて出てきた徹を見て、警察官は驚いたようだった。足取りもおぼつかない私は、まだ警察官と話している徹の横をすり抜け、自分の部屋に入って鍵をかけベッドに倒れこんだ。 次の日頭痛で目が覚めた。完全に二日酔いだ。部屋をでて水を飲もうとキッチンに行くと、徹がダイニングテーブルでセリフを覚えていた。私が出てくるのを待っていたのかもしれない。シッターさんはいなかった。 「御免。」 私は徹にぽつりとそういった。台本から顔を上げた徹は、 「俺も御免。美沙、おれもう美沙とやっていけない」 徹は辛そうに私の顔をみて言った。勇は大きな窓からさす朝の光の中、すやすやとバシネットの中で眠っている。優しくてハンサムな夫、かわいい赤ちゃん、幸せを絵でかいたような光景ではないか。でも、現実はま反対。私は絶望の中にいた。私ももうやっていけないと思った。辛すぎる。徹のことは今でも大好き。でも、勇のことはかわいいと思えない。責任感の強い徹は勇をとるに決まってる。こんな母親失格な私、もう出ていくしかない。自分も、勇のいないところで自由になりたかった。そんな母親いるだろうか? 私だって勇が生まれるまで想像もできなかった。でもここにいる。私だ。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加