空からの託宣

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『空からの託宣』  幼い頃から、極端に人との関わりを持つのが下手だった。 どちらかというと苦手だ。 極度の引っ込み思案で臆病な質。 いくら好意的に接してもらっても、緊張のが先立ってしまい返事をすることさえ出来ない。 手紙を貰っても、言葉にする事さえ出来ない僕は、想いを文字に変換する事もまた、出来なかった。 当然、相手は面白くない。 当たり前だが、友だちは出来ない。 いつも、言葉が僕をダメにする。 ある時から、学校の勉強も分からなくなった。 身体を動かす事も考える事も出来なくなった。 だから、外にも出られなくなった。 こうして出来ない事がどんどん増えて、生まれて十八年経った今は世間では何も出来ない役立たずに仕上がってしまった。 両親も外の人たちも揃いも揃って皆、僕が可哀想だと言う。 僕は、自分が可哀想だなんて少しも思ってないのに。 いくら心の中で思いをぶつけてみても、僕の声はどの人にも届かない。 誰も拾ってくれない…僕の思い。 なんでだろ? 言葉は不自由だ。 心で思っていることを半分も伝えてくれない。 独りは可哀想なものなの。 人には届かないけど、返事を返してくれないけど、屋根を伝ってやって来る隣の家の黒猫のマリィは返事をしつくれる。 たまに、面白い話もおみやげに持って来てくれる。 だから、僕は夜ご飯に出されたマグロのお刺身なんかをお礼に差し出す。 部屋のドラセナもガジュマルも、外の松の木もお喋りでよく話す。 昨日の朝も、ガジュマルが葉っぱの裏をミドリグモが擽ぐって痒いから取ってくれとせがむので取ってあげた。 ミドリグモはミドリグモで、風に飛ばされて部屋に入ってしまっただけだから早く外に出してほしいと言う。 これでも案外、忙しい。 だから、僕はちっとも可哀想なんかじゃない。 彼らはいつも穏やかで機嫌がいい。 人は違う。 人はいつだって自分勝手で気分屋 だ。 電光掲示板みたいに、しょっちゅう顔色を変える。 僕はいつだって、そのコロコロと変化する顔色を読まないといけない。 そうすると何故かとっても疲れてしまう。 小さい頃からずーっとだ。 ある日、僕の頭の中は朝から晩まで騒がしくなって息が苦しくなってしまった。 途端に外が怖くなってしまった。 月や太陽は好き。 空や風や大地も好き。 花も木も草も好き。 猫も犬もカラスも、みんな好き。 でも、人に会うのはイヤなんだ。 だから僕は、外に出られない。  ある雨の降る朝、黒猫のマリィが僕の部屋の窓ガラスを前足で引っ掻いた。 慌てて部屋の中に招き入れる。 柔らかい漆黒の毛が少し濡れている。 僕は、洗い立てのフワフワタオルで包んであげた。 『もう聞いた?』 『ううん。でも、昨日の晩からドラセナもガジュマルも外の松の木も早口で何か言ってる。けど、早くて分からない。』 『今夜八時にこの町全部が燃えて無くなってしまうわ。早く避難しないと。』 『えっ、大変。皆んなにも知らせないと。でも、避難って、何処に避難すればいいの?』 『今日の夕方六時に河原に空から迎えが来るそうよ。急いで。』 『分かった。』  僕は大急ぎで持って行く物を纏める。 ドラセナもガジュマルもケースに入れた。 次に窓を開けて松の木に思念を飛ばす。 『君や皆んなも連れて行きたいんだ。どうすればいい。』 『ああ。やっと気付いてくれたんだね。これを一緒に持って行ってくれたまえ。それで万事大丈夫だ。宜しく頼んだよ。』 『任せて。』 片手に収まるほどの包みを渡された。 中は、どうやら種っぽい。 開いてみると、案の定色々な種類の種が詰まっている。 今度はお父さんとお母さん、その次に外に居るみんな。 『そうだ。マリィはもうご主人には伝えたの。』 『ええ、伝えたわ。でも、行かないって。今日は会社で大事な会議があるからダメだって。本人の意思には逆らえないわ。』 『そっか。じゃあ、僕はお母さんに伝えて来るね。』 『夕方になったら一緒に行きましょう。それまでここに居させね。』 『もちろん。』 そう言い残して、数ヶ月振りに階段を駆け下りた。 お母さんは何処かへ出掛けるところだったらしく、玄関でレインブーツに履き替えている。 「お母さんっ。」 「まぁ、蓮クン。久しぶり。そんなに慌ててどうしたの。お母さん、お父さんの忘れ物届けてそのまま仕事に行って来るわね。」 「待ってよ、お母さん。僕の話を聞いて。大変なんだ。今夜八時に町が燃えて無くなっちゃうんだ。夕方、僕等と一緒に避難しよう。だから、早く荷物を纏めて。それから、お父さんにも知らせて。他の皆んなにも…。」 「なぁに、蓮クン。せっかく久しぶりに話すのにお母さん意味がよく分からないわ。夢でも見たの。ゲームのやり過ぎよぉ。とにかく、今は忙しいから帰ったらちゃんと聞くね。お留守お願いね。いってきます。」 一所懸命伝えたのに、全然分かってもらえなかった。 二階から下りて来た黒猫のマリィが聞いてきた。 『どうだった。』 『…意味が、分からないって言うんだ。こんなにストレートに伝えたのに。なんで…。』 『…仕方ないわ。辛いだろうけど、それがお母さんの答えよ。』 どんどん雨足が強くなっている。 時間が経つに連れ風も出てきた。 とうとう夕方には横殴りの雨になっていた。 『マリィは濡れちゃうといけないから、この中に入ってね。』 新品のキャリーケースにモフモフを敷いてマリィを入れてあげる。 『ありがとう。』 一人と一匹、それから植物たちは嵐のような風と豪雨に消されるように飲まれていった。 午後七時五十八分。 夕方までの豪雨が嘘のように空は晴れ渡った。 マリィのご主人は、この日のプレゼンが上手くいき上機嫌で会社を出たところだ。 蓮の父親はまだ会社で残業をしている。 一息つこうと缶コーヒーを片手に窓辺に移動した。 蓮の母親は、夕食の材料を一つ買い忘れてコンビニに走っている途中だ。 午後八時。 上空がオレンジ色に発光してパッと光った。 光が空全体を覆った後、とても大きな音が轟いた。 翌朝の朝刊には ー ○○県××市△△町に巨大隕石落下。   町が焼失。 ー 町ごと消えた。                  了
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