カロコン

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 じっと電子カルテを見つめていた柳は、深々とため息を吐いた。  榎本は若い。だからきっと立ち直りは早い。だが同時に、若さゆえの危うさもある。最悪、過ちを犯してしまうことも十二分に考えられる。とにかく、タイミングの見極めがなにより重要になる。榎本が過ちを起こす前に、最終手段をとらなければならないのだ。 「ハチ…………最悪の場合データの強制消去もあり得るから、覚悟はしておいて」  うつむき、額に手をあてながら柳は言う。  『違和感』でもカロコンが治らなかった場合、ハチの榎本に関するデータを全消去するという荒療法をとることになる――――『壊れた』と偽って。  そうなった場合、患者の心の傷は深くなり、そこから立ち直るのにさらに時間がかかる。だから、今の『違和感』の内にハチを自ら手放してくれるのが一番なのだ。  だが、榎本がどちらになるのかは、今は柳にもわからない。 「わかりました」  いつもと変わらぬ声でハチは答える。が、 「ただ…………」  少しためらうように続けられた言葉に、柳はハチの方を見た。 「ただ?」  問われたハチは真っすぐ柳を見た。 「さよならは言いたいです」  ハチの言葉に柳は目を見開く。  強制消去の場合、ハチは半年間ともに過ごした榎本のことをすべて忘れる。目の前にいる榎本のことを理解できず、例え榎本が泣き叫んだとしてもなにもできない。だから「さよなら」と告げることなどできるはずもない。 「そう、だね…………」  真っすぐなハチのまなざしに、柳はそう答えることしかできなかった。  ただ、榎本が自ら手放してくれると信じたかった。
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