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ラー・ビトは、ほくほく顔で愛船バニーを操る。第三衛星への特急貨物の報酬が上乗せされ、更に次の依頼を受けたからだ。
そろそろ愛船バニーのメンテナンスを受けなければならない時期で、居住地である月への依頼とあって、普段なら受けない運搬物だったが二つ返事で応じたのだ。
この依頼がきっかけで、ラー・ビトの常連客の一人になってもらえたら更にいいが、そればかりは依頼者次第。
ラー・ビトの操る愛船バニーは、順調よく第三衛星の重力圏を離れ、月への軌道にのった。
人類が地球を飛び出し、月やその周辺にいつも衛星を建設し、そこに居住するようになって、どれだけ経ったのだろう。
技術は進化したが、地球、月、それからその衛星では作れないものや、電子では送れないもの、あるいは送りたくないものものを運ぶ者がいる。ラー・ビトもその運び屋の一人で、小型荷物専門の運び屋として、月に地球に衛星にと飛び回っている。
ラー・ビトの愛船バニーは、順調に宙路をゆき、予定到着時間よりも早く月に到着しそうだ。
早く月に到着して、依頼者に荷物を届けたい。早く届くと、報酬が上積みされるのが一般的。ラー・ビトは一気に加速させようとする。が、前方にタルタルーガがバックライトを点滅させながら、のろのろと走っているのが見えた。
「よりによって、鈍亀がいるのかよ」
タルタルーガは宙路を管理する機体。そう、宙路士の免許を取るときに何度も聞かされる。バックライトを点滅させてゆっくり移動しているときは、宙路保全の作業中だということも。
機体の形、その作業速度から、速さを売りにしている宙路士は、タルタルーガを鈍亀と渾名する。
「先輩達は、口を揃えてタルタルーガは速いと云う。だが、それは本当なのだろうか」
ラー・ビトは、バックライトを点滅させながら、のろのろと作業するタルタルーガを見ながら、ふと、「ならば競争してみればいい」と思いつき、それを実行することにした。
宙船バニーは機体の規定重量をギリギリまで削り、速度を売りに宙路を行き交う船。さて、鈍亀よ、お前の歩みは如何ほどか?
ラー・ビトは宙船バニーを加速させ、タルタルーガをあっという間に追い抜いた。
タルタルーガから、前方注意の警告が飛んでくるが、無視してさらに加速させていく。
「鈍亀、鈍亀、どこが速いんだよ!」
タルタルーガを追い抜いた先は、宙船は一つもなく視野が一気に開いた。
宙路保全と云うが、どこを保全しなくてはならないのだよ。ラー・ビトは鼻歌交じりで宙船バニーを更に加速させる。
もうすぐ月重力圏だ。速さには叶わないだろ、タルタルーガ。
あざけたその時、ガツンという音と共に宙船バニーが独楽のように回転しだした。
「くそっ!」宙屑か?
宙船がくるくる回転しながら、宙路から大きく逸れていく。
緊急停止装置を作動させるが、宙船は止まらない。
悪いことに寿命が尽き解体を待っている人工衛星がどんどん近づいてくる。
もう駄目だ、ぶつかる!
だが、くるべき衝撃は別の方向からきた。
おそるおそる目を開いたラー・ビトが目にしたのは、追い抜いたタンタルーガから無数のワイヤーが放たれ、宙船バニーを捉え包み、引き寄せている様だった。
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