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第4話 滋子
一行は鷹司家を出て門でタクシーを待っていた。後方から家政婦の中野が人目を憚るように声を掛けてきた。
「あの。」
田所が返事をした。
「ああ。確かあなたのお名前は滋子さんでしたね?私は執事の田所と申します。」
中野は田所が自分の名前を知っていることに驚いた。彼とは初対面のはず。それとも以前何処かで会ったことがあったのだろうか。
「あの、先程仰られていた“災い”とはどういう意味でしょうか?」躊躇いがちに滋子が聞いた。
田所は時計を見た。
「滋子さん、事情がお有りのようですね。しかしもう葬儀が始まります。立ち話もなんですね。私どもも帰らねばなりませんし。お話ならここに連絡して下さい。こちらが私の連絡先です。」田所は名刺を渡した。
「携帯電話の番号は私の携帯です。内密なお話ならこちらにどうぞ。」
中野は名刺を受け取った。そして一行はタクシーに乗って京都駅に向かった。
碧達は帰りの新幹線に乗った。3列席で碧が窓側、耀が真ん中、田所が通路側に座っていた。
「田所さん、中野さんを知っているのですか?」碧が聞いた。
「はい。個人的な面識はございませんが、噂程度は耳に入っております。中野さんは家政婦と言ってましたが、故人の内縁の妻です。」
「えっ?」碧と耀が同時に驚いた。
「鷹司茂一氏の奥方はかなり前に亡くなりまして、もともと滋子さんは鷹司家の家政婦だったのですが、いつしかその様な関係になったとのことです。」「茂一氏は気難しい方でした。屋敷には殆んど使用人がいません。世話をするのは滋子さんのみでしたね。子どもが二人いますが随分と前に独立してまして、実家には滅多に帰らないようでした。」「茂一氏と子どもとの折り合いは悪く、寝たきりの父親を見舞うこともなかったようです。」
「子どもって長男の雅伸その妹の雅だろ?」耀が言った。
「左様でございます。」
「娘の雅は滋子さんに対して敬意は全くありませんでしたね。内縁の妻というのは本当ですか?」
「はい。しかし人目を忍んでいましたね。滋子さんは茂一氏の息子娘には財産狙いと警戒されていましたから。」
「雅伸と雅は寄り付かなかったんだろ?寝たきりの父親の面倒は滋子に全て押し付けて、あの態度はあんまりじゃないか?」耀が言った。
「確かに、息子娘は評判があまり良くない。」碧が言った。
「ところで田所さん、遺言書はどうなっていますか?」碧が聞く。
「それがどうも遺言書には全財産を滋子さんに譲ると書かれてあったそうです。」
「はっ?」耀が驚いた。
「それを読んだ長男の雅伸さんが激怒して破いてしまったとのこと。」
「はっ?」また、耀が驚いた。
「遺言書破るってそんな奴いるの?法的にはどうなのよ?それ?」
「難しい問題ですな。特に相続は。骨肉の争いは実際よくある話です。」
「滋子さんには弁護士を立てる勇気もないのですか?」碧が言った。
「さあ。他所様の事ですので。」
「見たところ雅さんは滋子にかなり恨みを持っていますね。」碧が言った。
「そうですな。」
「しかし滋子さんも息子娘には嫌悪感しか持っていない。」碧が言った。
「そりゃそうだろう。病人の面倒見させられてビタ一文貰えないとなっちゃ、嫌悪しかないよな。俺も雅は大嫌いだ。ほんとアイツは意地が悪い。」
「日本のナッツ姫と言われるくらいだからね。」碧は耀と同感であった。
「碧、指輪の件なんだけどさ。滋子が気にしていただろう?」
「指輪ね。あれは曰く付きの代物だ。俺が観た感じでは人の手に追える物ではないな。」
「雅は碧に何を鑑定してもらいたかったのだろう?」
「さあね。他人の家の事だ。どうでもいいよ。」
「そうだな。他人家の事だもんな。俺も朝早くから疲れたぜ。早く家に帰りたい。」
三人はそれ以上会話を続けることはしなかった。
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