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永い時で言えばあれはまだ生まれてからほんの僅かな頃、まだ青と赤から自立もしておらず、同胞もなく、その居住地もなかった頃。
まだまだ幼い紫は青と赤を行き来していた。時には青と赤の境に、時には青と緑の境にも単独で出歩くこともあったが、どちらの場合もその地に暮らす色が遠くから紫を見守った。どの色も例外なく紫を大事にし、ほんの些細な害からも守らんと庇護していた。
あの日、皆、紫の生まれに立ち合い、その様を見ていた。その所為か、成長著しい紫に際立って愛着を感じていた。まして、青と赤から生まれた色。それは誕生から既に、色達にとって特別に意義のある存在であった。
長年、青と赤は戦い合っていた。それは当初の意味をなくし、既に青にすらその意味がわからなくなる程に永く、とめどなく続いた。
紫は、それを止めたのだ。
そして、青と赤に本来の仲を取り戻し、戦い合っていた同胞達をも救った。
紫の存在は各色の隔たりをなくし、互いに、常に関わり合う仕組みすらも作った。
どの色も、互いに理解と把握を深め、色は平穏を取り戻した。紫はその象徴であり、一層存在に意味を持った。
幼い紫にはまだまだ世界の半分以上が未知であり、日々新たなものを得て、知って、学ぶ。その一瞬一瞬が、紫には全て新しい世界であった。
紫が原色ではなく、その中間に興味を持ったのは、なかなかに御転婆な理由があった。あれは紫が初めて緑の地へ行った時のこと。紫は初めて見る緑に心を奪われた。
青とも赤とも似つかない。けれどその静けさは青に似ていて、心を澄むような存在感に圧倒された。
緑達はとても心穏やかで、おおらかな性格が見た目にも、声音にも滲んでいた。発する言葉は光の射すような清々しさを持ち、囁く声は心の表面を撫でていくかのように心地が良い。
青にもそういった所があったが、青にはない静寂が、緑にはあった。その所為か、は、知らない。けれど紫は酷く緑に興味を持ち、緑へと通い詰めた。
その結果、優しすぎる緑達は紫を拒むことが出来ずその日を紫に費やすような日々が続いてしまった。緑に近い青の同胞は居た堪れなくなり、四日かけて紫を説得するに至った。興味と好奇心の塊でもあった紫はそう簡単に折れはしなかったのだ。何故、どうして、続く言葉に、大きな色達が次々と負けていった。
その紫を折ったのが、意外にも青白磁であった。
緑に近い青の同胞達が頭を悩ませ、次々に折られていく様子を見ていられなかったのだろう。白に近い青白磁が、紫を説得した。
紫はあの日、青白磁に言われた言葉から理解や納得よりも重要なものが関係性には必要なのだと学んだ。その日に言われた言葉を、完全には思い出せないでいるが。
それ以来、紫は緑の元へ通うことはなくなった。青の元にいる際に、ほんの少しの散歩というものだけはした。緑には距離感というものが必要なのだと、確か青白磁は言っていた。
そこからは赤と黄の堺が気に入りの場所となった。どちらかに偏る色合いではなく、本当に二色の堺であるそこはなんとも幻想的な場所であった。無数の赤と黄が混ざり合い、天へ上る途中から薄らいで、空の青に滲んで消えていく。たちこめる暖色の泡が、青へと抜けて行くようだった。
あれは鉛丹、そちらは黄櫓染、赤が混じるとそこは淡香、それを教えてくれた色の名前すら、紫はまだ覚えられてもいなかった。
美しい、美しい。包まれて感じる温かみが目から受ける感覚だけとは、思えなかった。
紫はその場所に通い詰めた。その頃から群青は紫の頑固すぎる様子に頭を悩ませていた。どうにも一辺倒になるそれはいかがなものかと言う群青に、瑠璃はにたにたと笑っていたのを覚えている。
けれど、紫にはどの色にも伝えていない秘密があった。紫が赤と黄の堺、この場所に通い続ける、本当の理由を。
「やあ、やあ、やはり今日もここにいるんだね」
青とも赤とも違うその色が、この場所にはいたからだった。
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