12人が本棚に入れています
本棚に追加
脱会宣言
それから1週間。あたしの心はドンヨリ重い。
バカ兄は、あたしのオヤツを勝手に食べなくなった。2日に一度の風呂掃除は、彼の仕事に定着した。筋肉脳の体育会系だった彼には、丁度いいエクササイズみたいなものなのだろう。
良い兄とは言えないが、もう枕詞の「バカ」を付けられない程度には進化していた。
だから、『妹の会』で披露する愚痴なんか、見当たらなくって。
「まりりん」
昼休み、鈴音ちゃんが神妙な顔であたし達の前にやって来た。
「あの……ありがとうっ!」
耳まで赤く染めて、彼女は深々と頭を下げた。
「――えっ?」
ノートのお礼ならハルじゃん、と言いかけて、あたしはハルと美智佳ちゃんと顔を見合わせた。
「琴音のこと、気を付けて、よく見るようにしたの。あの子、不器用なクセに、アタシの真似っこしたがって、片付けもお手伝いも中途半端になっちゃうのね。それで、癇癪起こしてたんだわ」
彼女はスカートのポケットから、ごそごそと何か取り出した。
「怒らないで褒めてやったら、コレ……」
掌の上には、赤い折紙で作った薔薇みたいな花。宝物のように輝いている。
「ちゃんと見てたら、あの子なりに頑張ってるって分かったのにね。気付かせてくれて、ありがとう!」
恥ずかしそうに笑って、席に戻って行った。後ろ姿が、弾んでいる。
「良かったねぇ。姉妹の不仲を解消したよ、まりりん」
美智佳ちゃんが肩をポンポンと叩いて、喜んでくれている。ハルもウンウンと頷いている。あたしは――居たたまれなくなった。
「2人とも……ごめん」
「えっ、なに?」
「どうしたの?」
「あたし、『妹の会』脱会しなくちゃ」
「えええっ?!」
もう、これ以上隠し通せない。だって、いずれは分かってしまうことなんだから……。
-*-
「ねぇ、ママ……洗い物、あたしするから、座ってて」
食卓で、家族への「隠しごと」が明かされた夜、あたしはキッチンに残った。
「まだ大丈夫よ」
ダイニングテーブルを立とうとするママを押し止める。青い顔をしていた理由が分かったから、あたしだって黙ってはいられない。
「でも、いいから」
「じゃあ、甘えさせてもらうわね。よろしく、お姉ちゃん」
クスッと微笑むと、ママはテーブルに頬杖付いた。擽ったい響きに、あたしは慌ててシンクに向かうと、スポンジに洗剤を垂らす。
「ママ、性別はもう分かってるの?」
「男の子だって」
嬉しそうな声に、あたしの口元も緩む。
「名前、決めたの?」
「ううん、まだ。今度はあんたも一緒に考えてね」
「いいの? 名前って親が決めるんでしょ」
「あんたの名前ね、『万』って漢字を使ってるでしょう」
「うん」
「あれねぇ、冴千也が譲らなかったの。『ボクが千だから、赤ちゃんにはもっと大きい数を付けて』って。子どもなりに名前の意味に拘ったのねぇ。大きい数字は、沢山愛されるって思ってたみたい」
お兄ちゃんが。キュウッと胸の奥が詰まる。丼を濯ぐ水の中に、ポタポタと滴が降った。年長者は、やっぱり、ズルい。
-*-*-*-
「なーんだ。お兄さん居るんだから、変わんないじゃん」
「いいなぁ。赤ちゃん、私達にも見せてね!」
打ち明けると、優しい2人は笑顔で祝福してくれた。
だから、これからも、あたしは妹。だけど来春、年下の苦労も分かる姉になる。何て素敵なんだろう!
【了】
最初のコメントを投稿しよう!