脱会宣言

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脱会宣言

 それから1週間。あたしの心はドンヨリ重い。  バカ兄は、あたしのオヤツを勝手に食べなくなった。2日に一度の風呂掃除は、彼の仕事に定着した。筋肉脳の体育会系だった彼には、丁度いいエクササイズみたいなものなのだろう。  良い兄とは言えないが、もう枕詞の「バカ」を付けられない程度には進化していた。  だから、『妹の会』で披露する愚痴なんか、見当たらなくって。 「まりりん」  昼休み、鈴音ちゃんが神妙な顔であたし達の前にやって来た。 「あの……ありがとうっ!」  耳まで赤く染めて、彼女は深々と頭を下げた。 「――えっ?」  ノートのお礼ならハルじゃん、と言いかけて、あたしはハルと美智佳ちゃんと顔を見合わせた。 「琴音(こと)のこと、気を付けて、よく見るようにしたの。あの子、不器用なクセに、アタシの真似っこしたがって、片付けもお手伝いも中途半端になっちゃうのね。それで、癇癪起こしてたんだわ」  彼女はスカートのポケットから、ごそごそと何か取り出した。 「怒らないで褒めてやったら、コレ……」  掌の上には、赤い折紙で作った薔薇みたいな花。宝物のように輝いている。 「ちゃんと見てたら、あの子なりに頑張ってるって分かったのにね。気付かせてくれて、ありがとう!」  恥ずかしそうに笑って、席に戻って行った。後ろ姿が、弾んでいる。 「良かったねぇ。姉妹の不仲を解消したよ、まりりん」  美智佳ちゃんが肩をポンポンと叩いて、喜んでくれている。ハルもウンウンと頷いている。あたしは――居たたまれなくなった。 「2人とも……ごめん」 「えっ、なに?」 「どうしたの?」 「あたし、『妹の会』脱会しなくちゃ」 「えええっ?!」  もう、これ以上隠し通せない。だって、いずれは分かってしまうことなんだから……。 -*- 「ねぇ、ママ……洗い物、あたしするから、座ってて」  食卓で、家族への「隠しごと」が明かされた夜、あたしはキッチンに残った。 「まだ大丈夫よ」  ダイニングテーブルを立とうとするママを押し止める。青い顔をしていた理由が分かったから、あたしだって黙ってはいられない。 「でも、いいから」 「じゃあ、甘えさせてもらうわね。よろしく、」  クスッと微笑むと、ママはテーブルに頬杖付いた。擽ったい響きに、あたしは慌ててシンクに向かうと、スポンジに洗剤を垂らす。 「ママ、性別はもう分かってるの?」 「男の子だって」  嬉しそうな声に、あたしの口元も緩む。 「名前、決めたの?」 「ううん、まだ。今度はあんたも一緒に考えてね」 「いいの? 名前って親が決めるんでしょ」 「あんたの名前ね、『万』って漢字を使ってるでしょう」 「うん」 「あれねぇ、冴千也が譲らなかったの。『ボクが千だから、赤ちゃんにはもっと大きい数を付けて』って。子どもなりに名前の意味に拘ったのねぇ。大きい数字は、沢山愛されるって思ってたみたい」  お兄ちゃんが。キュウッと胸の奥が詰まる。丼を濯ぐ水の中に、ポタポタと滴が降った。年長者は、やっぱり、ズルい。 -*-*-*- 「なーんだ。お兄さん居るんだから、変わんないじゃん」 「いいなぁ。赤ちゃん、私達にも見せてね!」  打ち明けると、優しい2人は笑顔で祝福してくれた。  だから、これからも、あたしは妹。だけど来春、年下の苦労も分かる姉になる。何て素敵なんだろう! 【了】
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