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家族の変化
寝る前に飲んだ紅茶が利尿作用を発揮したのか、ベッドに入りかけて尿意に襲われた。カーディガンを羽織って、トイレに向かう。うう、寒いなぁ。
「だから、落ち着いたらって言ってるでしょ」
「だけど、何も君が行かなくても」
「仕方ないでしょ。あなたには負担をかけるけれど、万里香ももう中学生だし、皆で協力出来るじゃない」
「どうしても、行くのか」
「そうね、私の方が落ち着いたら」
何……この会話。ママ、この家を出てどこかに行くの? てゆうか、これって、まさか……リコンの話し合いなんじゃ……?
リビングの外で、息を殺す。膝が震えている。幸せな……仲のいい家族だと思っていたのに、どうして。
あたしが、お兄ちゃんと喧嘩ばっかりしているから、うんざりしたのだろうか。だから、煩い子ども達を置いて、ママ1人で出て行きたくなったのかも。
あたし――ママに捨てられるの?
目の前が暗くなりそう。動かない足を無理矢理床から引き剥がして、足音を殺してトイレに籠もる。悶々と考えていたけれど、再びの強い尿意に促されて、当初の目的を済ませた。
ベッドに戻っても、なかなか寝付けなかった。ママが出て行くのが、あたしのせいだったら……お兄ちゃんとの不仲が、家庭を壊してしまったのなら、どうしよう……。
-*-
あたしの不安に拍車をかけるように、バカ兄の様子が変わった。
高2の兄は、夏休みで部活も引退して、2学期からは帰宅部になっていた。つい先週まで、足かせの取れたイノシシみたいに、放課後まっすぐ帰宅してはゲームに漫画三昧。部屋でゴロゴロしていた――のに。
「何……やってんの」
あたしが帰宅したら、バスルームから不審な水音が聞こえてきて、恐る恐る覗いたら、兄が掃除していた。
「お、帰ったな。万里香、雨降りそうだから、洗濯物取り込んでおいてくれ」
「あっ……うん」
ママは? という疑問は、なんとなく呑み込んだ。在宅なら、ものぐさな兄がこんなことする訳がない。
不安に思いながら、畳み終えた洗濯物をタンスに片付けてリビングに戻ると、タオルで頭を拭きつつ兄が入ってきた。
「万里香、お前、玉子焼きくらい作れないか」
「えっ、作れるけど」
「じゃ、1時間くらいしたら3人分作ってくれ。父さん、7時頃帰ってくると思うから」
兄は掛け時計を見て、冷蔵庫からコーラを出して飲んだ。あたしにも勧めるので、首を振る。
「お兄ちゃん、ママは?」
「今日から3日くらい、じいちゃんちに行くって」
「えっ、どうして?」
「う、ああ……何か用事だって」
どういうこと? 何か、隠してる?
「そう言うことだから、家事は分担だ。お前も協力しろよ」
「うん……」
本当のことを知るのが怖くて、あたしはそれ以上聞くことが出来なかった。暗くなったベランダの向こうの空は、今にも泣き出しそうで、あたしの不安を一層掻き立てた。
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