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隠しごと
今日で1週間になるけど、まだママは帰って来ない。パパは、毎夜9時までには家に着くけれど、日ごとに疲れが顔に現れていて……あたしは、ママとのことを聞き出せずにいる。
「まりりん、最近元気ないね」
「お兄さんの話、あんまりしないじゃん」
冷食のおかずを詰めたお弁当を平らげたあと、ぼんやりしていたら、ハルと美智佳ちゃんがやって来て、あたしの顔を覗き込んだ。
「うん……お兄ちゃんね、最近スーパーで買い物とかして帰って来るの」
「何、それ?」
ウチの兄の横暴さとバカっぷりをよく知るハルは、怪訝な顔になる。
「お味噌汁とか作るのよ」
この1週間、毎晩豆腐のお味噌汁。兄が調理実習で作ったことがあるのが、唯一このレシピだからだ。
「……料理男子?」
美智佳ちゃんは首を傾げる。
「まさか。だけど、掃除とかも、マメにするんだよね」
あたしも首を傾げっぱなしだ。
「何かあったの?」
「うーん……まだ情報不足」
両親のことは口に出せない。机に突っ伏す。
「そっかぁ」
「ねぇねぇ、ちょっと聞いてくれる? アタシの妹がさぁ」
そこへ鈴音ちゃんがやって来て、隣の大崎君の席にドカッと腰掛けた。彼女が妹への不満話を延々と披露している間、あたしは皆に合わせてウンウンと相槌を打っていたけれど、気持ちはちっとも盛り上がらなかった。
-*-
「ただいまー。あ」
また今夜も豆腐のお味噌汁かぁ、と思ってドアを開けると、見覚えのあるスニーカーが玄関の三和土の隅に揃えられていた。
「ママっ?!」
リビングのドアを勢いよく開ける。ソファで黒髪が、ゆっくり動く。
「お帰りなさい。留守にしてごめんね」
「ママ、どうしたの」
聞きたいことは沢山ある。おじいちゃん家で、何をしてたのか? どうして予定より長く滞在したのか? いや、その前にどうしておじいちゃん家に行ったのか……?
だけど、振り向いたママの顔色が真っ青で。あたしは駆け寄って、ママの足元にしゃがんで見上げる。
「ママ、大丈夫なの? 病院、行く?」
「心配かけてごめんね。少し休んでいれば、大丈夫よ」
ニコリと微笑むが弱々しく映る。ママは白い手を伸ばして、あたしの頭をそっと撫でた。
「ただいま。母さん、買ってきた。あ、万里香」
ネギのはみ出した赤いエコバッグを下げた兄が、リビングに入ってきた。
「ありがとう、冴千也。冷蔵庫に入れておいてもらえる?」
「うん」
兄は素直にキッチンに向かい、手を洗うとエコバッグの中身を冷蔵庫へ移し始めた。改めて見た彼の姿はグレーのパーカーを着た私服で、一旦帰宅してからお使いに行ったことが分かる。
「ママ……」
困惑する視線の意味を汲んだのか、ママは頷くと、もう一度あたしの頭を撫でた。
「パパが帰ってきたら、あなた達に話があるわ」
穏やかな眼差しの中に、決然たる覚悟を感じて、あたしは思わず拳を握り締めた。
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