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プロローグ
1
睡魔。
「ショウくん、次の授業始まるけど移動しなくていいの?」
教室で机に突っ伏していた僕は、重い頭を持ち上げるのを早々に諦めた。
顔だけを横に向けて、睡眠を妨げたその声の主を見上げる。
多少の恨めしさを視線に含んでみたつもりだったが、彼は気分を害す様子もなく、端正な唇に薄く笑みを浮かべたまま立っている。
「僕は次の授業を選択していないから。自習時間なんだ。空いてる教室ならどこでも使っていいってことになってる」
僕はできるだけ自然な笑顔を作って言った。
「あぁ、そうか。この高校に来てからあまり日が経ってないから、よくわかってなかった。邪魔してごめん」
彼はそう言って爽やかに微笑んでから、僕に背を向けた。
すっかり眠気が飛んでしまった僕は、音楽を聴くためにイヤホンを取り出した。
〈ドビュッシー『ベルガマスク組曲』より プレリュード〉。
陽の光を浴びながら爽やかな風が舞うような、美しい風景が浮かぶ。
プレリュード(前奏曲)という名に相応しく、これから何かが起こりそうだと予感させる曲だ。
僕は去っていく背中を見送りながら、彼──高峯アキラが転校してきた日のことを思い出していた。
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