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一話
左腕の異変に気づいたのは一週間前くらいからだ。サークルの飲み会からの帰りの夜、疲れて上着を羽織るのを忘れた。
『夜寝るときは腕足首を保護しよ』
俺はこれを怠った。だから、この一週間は外出を控えた。
『体に異常があれば外出を控えよ』
だからだ。両親はサークルの飲み会の日の朝に海外旅行に出掛けて今も不在だから、二人はきっと大丈夫だ。それに俺だって、今日は一日違和感を全く感じなかった。だから大丈夫だと思った。交際中の沢口由美子がずっと会いたいと言っていたから、会おうって言った。風邪はもう治ったからって。
久しぶりの外の空気は新鮮だ。八月なので夜でも暑い。待ち合わせをした家の近所にあるファミリーレストランには、すでに由美子の姿があった。店に入ると、充満する肉の匂いに自分がこの一週間ろくに食べてないことを思い出した。
『食欲を忘れてしまっている場合は注意せよ』
しかし、匂いを嗅ぐと不思議と空腹を感じた。だからきっと大丈夫だ。
由美子はスーツを着た男女の座るテーブルの横のテーブルに座っていた。俺に気づくと
「たくやさん、もう大丈夫なの?」とさけんだ。
その声が大きかったのか、店内の視線が俺たち二人に向けられた。俺は慌てて由美子の座っているテーブルまで向かい、由美子に座らせた。
「大声出すなよ」
「だって一週間も休んでたんだよ?心配だったんだからね」
由美子は本当に俺のことを心配してくれる。こんな素敵な彼女を持てて俺は本当に幸せだ。こんなにも美味しそうな…何を思ってる?さっきから俺の食指は二つあるような気がしてきた。
一つはハンバーグに向いている。そしてもう一つは周りの人間に…
「ねえ、何頼む…え?たくや……さん」
『人間に食欲を感じると終わりである』
彼女がの言葉を聞くまで俺は気づかなかった。俺の左腕は変異を始めていた。黒く帯状に延び始めている。しかし、それが自分に起こってるようには感じない…感じなかった。その帯は先が鎌状になって、横のテーブルのスーツ姿の男性の首を切断した、と思ったら口みたいになってその頭を飲み込んだ。その時、俺は美味さを感じた。人の血肉、脳ミソはこんなにも美味しいのか、と感動した。次に帯はその前の女性の首を切断し飲み込んだ。この時、さっきの男性の頭に感動した自分が馬鹿らしくおもえた。
俺は身体中に力がみなぎっていく感じがした。人の血肉をもっと欲しているようだった。そしてさらに奥のテーブルの小柄な青年の首を切り落とそうとすると、青年はその鎌を刀で受け止めた。さらに素早く注射器を刺された。するとさっきまでよりも力が入らなくなった。しかし、また腕は暴れだした。
「皆さん、姿勢を低くしてください」
青年は叫んだ。
「僕はSBGです」
SBG…そうか、やっぱり俺はそういうことなのか…
青年は俺に向かって言った。
「変化したばかりのようですね。何でこうなる前に…」
少年は怒りと悲しみの混じった顔をしていた。
俺の腕は新たな食材を求めて暴れている。そして、一人の女性に向かって鎌を振り下ろそうとした時、由美子がその女性をかばうように腕と女性の間に入ってきた。
「止めてよ、たっくん!」
止まってくれ…俺はそう願った。しかし俺の意思に反して勢いをつけたまま鎌は由美子の首を切断…していなかった。鎌は店の天井に突き刺さっていた。
「まだ自分の意思で動かせるレベルではないようだな」
由美子の前にはさっきの青年とは別の男が立っていた。大きな体に合った大剣を持っている。
気づくと周りをSBGの銃撃班に囲まれていた。
さっきの青年は店の外へと人々を誘導している。大男の命令により一斉に銃撃され、俺の腕はみるみる弱っていった。そして腕には目玉が一つついていることに気づいた。その目玉を大男の大剣で突かれた。すると俺の腕はほろほろと崩れていき…
「嫌だ、たっくん!」
最後に聞こえたのは由美子の声だった。
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