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全員死ぬ
梅園美月を始めとした4人の高校3年生は、放課後の空いた教室にいた。その前には、50音と「はい」「いいえ」、そして鳥居の書かれた紙が敷かれている。1人が10円玉を取り出し、その上に置いた。
それを目撃する人がいたならば、彼女たちがいわゆる「こっくりさん」を行なおうとしていることに気付いただろうし、もしかしたら眉をひそめたかもしれない。概ね、こっくりさんを行なった集団にはろくな結果が待っていないからだ。
彼女たちももちろんそれを知っている。けれど、そんなものは集団ヒステリーだと笑い飛ばすくらいの知性と勇敢さ、そして無謀さを持ち合わせていた。高校生がする通過儀礼だよ。受験を控えている彼女たちは、高校生がやるようなことを意識してやろうとしていた。その内の一つがこっくりさんだった、という訳だ。
10円玉にそれぞれが人差し指を置く。最初は鳥居の上だ。
「こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたら私たちにお答えください」
全員が目を閉じ、主催の陽菜が呼びかけた。美月も目を閉じてじっとしている。陽菜は何度もよびかけた。やっぱり、こっくりさんは集団ヒステリーだから、それをわかっている私たちに不思議なことは起こらないのではないか。美月をはじめとしたみんながそう思い始め、陽菜の声にも諦めが滲み始めたその時だった。
10円玉が動いた。彼女たちは顔を上げる。誰かが引っ張ってるか押しているかしているのだと思って、美月は硬貨を押さえ付けた。しかし、10円玉はお構いなしに「はい」の上にずるずると滑って止まる。
「こっくりさん、質問があります」
陽菜が言った。
「播磨くんに好きな人はいますか?」
彼女がどちらの答えを望んでいるのかはわからなかった。けれど、銅貨は重たい動きで移動して行く。答えは「はい」だ。
「それは、この中にいますか……?」
意を決した様子で尋ねると、今度は「いいえ」に移動した。
「そっか……」
陽菜は少し残念そうな、それでも安堵したような顔をしている。それはそうだろう。もしこの中にいて、それが陽菜ではなかった場合が一番怖い。美月も安堵していた。残りわずかな高校生活、あんまりぎくしゃくして過ごしたくもない。
その後もいくつか質問をして、そろそろこっくりさんにお戻り頂こうと四人は声を揃えた。
「こっくりさん、お帰りください」
10円玉はするすると鳥居の方へ向かい……突然直角に曲がった。「いいえ」へ。
「!?」
4人は息を呑む。
「こっくりさん、お帰りください」
陽菜がやや強い語調で告げるが、10円玉は「いいえ」を擦るように激しく左右に動き続けた。悲鳴を上げる。しばらく「いいえ」の上を反復していた硬貨は、またも突然に50音表の方へ戻った。
せ
ん
い
ん
し
ぬ
「……全員死ぬ?」
はい
「こっくりさんお帰りください!」
口々に頼み込むが、こっくりさんの意思を告げる10円玉は、紙の上をめちゃくちゃに移動していてもはや制御が利かない。やがて紙の外に飛び出し、美月たちはひっくり返った。
「きゃあっ!」
けたたましい音。椅子と机もいくつか倒れ、美月は床に投げ出された。高い音を立てて、硬貨が転がって行く。
「あっ」
すぐに立ち上がって、廊下へ転がるそれを追い掛けた。敷居の上で引っかかったそれをキャッチする。
「皆、だいじょう……」
大丈夫かと問おうとしたところで、彼女の目の前を白いものが過ぎった。
(えっ?)
何だろう。目で追うと、それはふさふさした動物の尻尾だった。本体は、と更に視線を動かした途端に、それはふっとかき消えた。
(何? 今の……?)
気にはなったが、追い掛けるのも怖くて彼女は教室に引き返す。陽菜が脚を押さえていた。痛くて立てないと言う。
「職員室行ってくる」
「わ、私も行く」
「折れてない? 救急車……」
陽菜を労りながらも、美月は今しがた見た尻尾が気になって仕方なかった。
これが、彼女にとって悪夢の始まりだったのである。
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