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朝起きたら、生まれ変わっていた。多分20歳は若返った?波打つ黄金の髪に、アクアマリンのように煌めく蒼い瞳、薔薇色の頬に、透けるように白い肌、手足は長く、足のサイズは大きいので、まだまだ身長が伸びそうだ。
鏡に映る美少女を私は知っている。アウローラ・ゼンフィ・フォストライト伯爵令嬢12歳。突如前世の記憶が戻った理由は分からない。え、わたし、前世でいつの間にか死んじゃったの?まあ、深く考えないでおこう。とりあえず、今世ではなかなかの裕福なおうちに生まれ変わったみたいだ。これから初めて両親の付き添いなしで街にでかけるわけだし、買ったばかりの大きな姿見が前世を呼び起こす魔法の鏡だったとしても、今後の私の人生に悪影響を与えるものではないだろう。そんな12歳らしからぬ達観をして、アウローラ、愛称ローラはいつものドレスとは違う町娘の格好をして、ウキウキと出かけた。
護衛と侍女がついてきているとはいえ、いつもと違って自由に見て回れる街中は物珍しかった。前世も今も親というのは目的の場所に一直線に行きがちだ。だけど、みんなが食べているリンゴ飴の屋台だって一度立ち寄ってみたかった。屋敷のみんなにもお土産を持って帰りたいと食べ物のお店を物色していたが、ひと際賑やかな場所があり、そちらの方に気を取られてしまった。
「あれは何かしら?」
「奴隷たちが見世物になっているのですよ。お嬢様が見るようなものではありません」
いつもローラに厳しいばかりの侍女が戒めるように言ったが、ローラは何かに導かれるようにしてその喧騒の中に飛び込んでいった。
奴隷と聞くと、前世の知識から猛獣のようにつながれているのかと思ったが、路上で派手な服を着た人たちが見世物になっているだけだった。中世ヨーロッパ?のようなこの時代でも古臭い少しくたびれた衣装で8人の男女がヨガ用のダイエットボールみたいな大玉をお手玉していた。魔法で催眠をかけて意識を朦朧とさせているので、鎖でつなぐ必要がないのだとすぐに気が付いた。催眠が解けても精神に異常を来すことがあるので通常使用は許可されていないが、奴隷に使っても罰されることはないのだと、あとで知った。
私はその異常な光景を周囲の熱気とは裏腹に声を殺して見入っていた。一人一人の顔を記憶に刻み付けるみたいに順々に見ていたら、8人目の男の子と目があった。催眠にかかっているのに、こちらを見返すなんてありえない。しかし、いつの間にか痛みも疲れも感じない様子で玉を自由自在に操っていた8人の手はすべて止まっていた。大玉が集まっていた観客に転がり込んで興ざめた人々の怒号が起こったが、私はひと際小さな少年ただ一人にくぎ付けになっていた。
彼はあの人だ。そう気づいたら、自然と体は動き、騒ぎに紛れて私は壇上から彼を連れ出した。彼を助けなければならない。前世も今もそれが私のやりたかったことだ。
連れ出した少年を私はショーンと名付け、その日から彼はうちの使用人となった。
郊外の海辺に建つフォレストライト伯爵の城は、中に住む人々にふさわしくとても優美で瀟洒な建物として有名だ。だけど、私は嵐が来たら高波にさらわれそうで危ないと思う。父がほんの小さい子どもだった頃以来、台風がこの国に直撃したことはないそうだけれど、来たら一巻の終わりという気がするし、私が婿を取ったら領地に引きこもるか、ぜひとも引っ越したいところだ。
それはともかく、毎朝窓から見る海面は朝日を浴びてキラキラと赤と青と白い光をはじいて光っている。美しい朝焼けにかすかな潮風が混じるこの景色を私は愛しているから、前世を思い出してからずっと早起きを心がけていた。
「お嬢様、本日の予定を確認しにまいりました」
「全部キャンセルして、わたしと駆け落ちして―」
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