Side-B

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 当時を偲ぶような品は、何一つ残っていない。  全て空襲で焼けてしまった。  それでも良いんだ。  大切なものは、みんなここにしまってあるから。  祖母は微笑んで、大事そうに懐に手を当てた。  そして、青年の顔をまじまじと見つめてフフフと笑った。  泣き笑いのようだった。  どうしたの。  青年が驚いて尋ねると、祖母は泣き笑いのまま言った。  秘密だよ。  半年後、祖母はこの世を去った。  穏やかな最期だった。  今年は、祖父と並んで桜を眺めているだろう。  青年は思いを馳せる。  戦いの中に散った祖父と、多くを語らなかった祖母。  隣家の姉妹。  この地に生きていた、多くの人たち。  果たして僕は、今をきちんと生きているだろうか。  大切な人を守る力はあるだろうか。  墓地を後にしようとする夫婦の背後から、一陣の風が吹き抜ける。  息を呑んだ。  青年は確かに見た。  風の道を。  つられて振り向いた妻も眩しそうに目を細めている。  一瞬の出来事だった。  気づいた時には既に風の道は消えており、柔らかな風が二人の髪を揺らしていた。  その風は青年たちを励ます母のような、それでいて人懐っこい子どもが遊びの相手をねだるような、不思議な肌触りだった。  今また、無邪気に青年の鼻先をくすぐって行く。  心に温かいものを抱きながら、青年は妻とともに歩き出す。  僕らはきっと、大きな何かに守られている。  新しい生活は始まったばかりだ。  青年はふと空を仰ぐと、心地良さそうに微笑んだ。 <了>  
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