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「遅い。何をしていたんだ」
「申し訳ございません。おいしいと評判のあんパンのお店が思いの外すごい行列でしたもので」
「お前その姿で並んでいたのか」
「左様です」
黒いスーツに白手袋の男を見て和泉は小さく息を吐くと、黒塗りの美しい車に乗り込む。西嶋は己も車に収まると静かに図書館の前からスタートさせた。
「そういえば」
「なんでしょうか」
西嶋が並んで買ったという評判のあんパンを行儀悪く車内で食べながら和泉が言った。中は限りなくこし餡だが、ところどころに粒が残っている。
「ここしばらく自室に入るなといわれていたがあれはまだ解除されないのか」
工事のためにしばらく部屋には入れないという話で、別の部屋で生活していたが不便で仕方なかった。
「今日からお戻りになられて結構でございます」
「工事は終わったのか」
「長い間ご不便をおかけして申し訳ありませんでした」
「お前が悪いわけではないだろう」
西嶋はただ口元だけで笑うにとどめる。しかし和泉もすでに興味を失ったように外を見ていた。車は音もなく郊外を走って行った。
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