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片平智紀
片平智紀は一条和泉が嫌いだった。
大人の世界はどうか知らないが、子供の世界には序列がある。条件はさまざまあるが見た目の影響は大きく、顔の善し悪しは最もそれを左右した。それから太っているというわかりやすい体格差もまたその対象だった。まだ小学生だった頃、片平は太っていたためよくからかわれた。「いじめ」というほどではない、クラス内における立ち位置だ。
一条は特別に外見に恵まれているわけではない。クラスの中でも目立つ生徒ではなかったけれど、片平のような扱いを受けているわけでもなかった。
「また入ってたらしいぜ腐ったパン」
「意味不明だな」
「前はジャム塗れだったらしいぜ」
「うっわ汚ねえ」
数多くの著名人を輩出している日本でも有数の名門校とはいえ、数多ある高校の例に漏れず放課後の校内は賑やかだ。廊下に派手に響く笑い声やグラウンドで部活に励むサッカー部の掛け声。教室にも何人かの生徒が残って笑い合っている。
「腐ったパンてなんだろーな」
「食べ物の恨みはコワイ系?」
「この学校に食べ物で困ってるやつなんていねーし」
「しかも一条?」
「あの一条グループがパン一個にがめつくなるかってーの」
「確かに」
「まあ本人は全然気にしてなかったけどな」
片平は話しているクラスメイトの横を通り過ぎ教室を出た。玄関に向かうと、ちょうど下駄箱には一条がいて、内履きのまま革靴を手に持っていた。遊びに行くのか賑やかな集団をやり過ごしてから、片平は一条に声をかけた。
「また入ってたって?」
「ああ」
一条は靴を掲げてみせたが、影になっていてその中に何かが入っているかどうかは分からなかった。
「面倒なことだ」
小さくため息をつくと、一条は内履きのまま外に出ていった。正面には五月の陽光を弾く黒塗りの外国車が停まっていて、使用人らしい黒服の男が出迎えている。話し声は聞こえなかったが、一条が靴を掲げているのが見えた。それもわずかの間、一条は車の後部座席に吸い込まれていった。黒服の男がドアを閉める。
刹那、黒服の男と目が合った気がした。
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