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この学校は資産家の子息が多く通う由緒正しい名門男子高校である。幼稚園から大学まであり、中学、高校とその都度外部からの入学もあるが、その入学試験は難関で実際には全体の数割程度。ほとんどが十年来の顔見知りで密度の濃い付き合いとなる。
片平と一条も幼い頃から面識があったし、小学生の頃は同じクラスだったこともある。片平の家も有名な資産家の家柄であったが、一条はさらに名門だった。子供の頃、片平は太っていることをよくクラスメイトにからかわれていたが、一条から何か言われたことはなかった。
昼休みの玄関は静かだ。購買部や食堂からも遠く、人気はない。それでもあたりを見回し人のいないのを確認する。整然と並んでいる下駄箱の一番左の上からニ段目。迷いなく選んだ靴箱の扉を開けそっと覗き込む。
「何をしているのでしょうか」
唐突に声をかけられて片平はびくりと肩を震わせると素早く振り返った。そこには。
全身真っ黒な出立ちの男が立っていた。
整えられた黒髪が晒す端正な顔立ち。銀のフレームの眼鏡がその顔に怜悧な印象を与えている。もしここに女がいれば騒がれるような容姿をしているが、生憎ここには片平しかいない。
「あ、んたこそ、誰だ」
片平はなんとか平静を保つ。学校関係者以外は立ち入りを禁止しているから今の問い掛けは正当なはずだ。
「一条家の執事をしております」
「昨日の……」
落ち着いて見てみれば確かに昨日、迎えに来た車の前で一条と話していた男だった。
「それであなたは何をなさっているのでしょうか。そこは、」
和泉様の靴箱と存じますが。
男は柔和に見える顔で続けた。片平はビニール袋を持つ手に汗が滲むのがわかった。
「パンを…パンが入る嫌がらせをされてるって最近」
「私もそのように伺っております」
バレている、と片平は思った。誤魔化さなければ、とも。
「放課後までにされているのであれば授業中か休み時間しかないだろうと思いました。規律正しいこの学校でなら授業中に抜け出すのは難しいだろう。ならば休み時間だろう、ならば昼休みに出たほうが目立たない」
手に、汗が。
「ここ最近は毎日のように入っているということでしたので、待っていれば現われるであろうと」
かさりとなってビニール袋が落ちた。
「お待ちしておりました」
男の柔和に見える顔が一瞬にして温度をなくした。
「ふざけた真似してんじゃねえよ」
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