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きれいに磨かれた革靴で踏み込むと、男は片平の襟首を掴んだ。下駄箱に背中を押しつけられ息が詰まる。怯んだら負ける。
「い、一条が悪いんだ!あいつはずるい。昔俺がいじめられてたとき、見てみぬふりをして助けてくれなかった!」
小学生の頃だ。隣の席の生徒が、給食に出されたパンがどうしても食べられなくて泣きそうになっていたから、食べてあげたことがあった。
その当時の担任教諭が厳しい人で、給食を残すと激しく叱責された。背も低く線の細い少年であったから食べられなかったのだろう、可哀そうに思ったし、少年はクラスでも人気のある生徒だったからあわよくば仲良くなれるかもしれないと思った。
きっかけが何だったか、もうわからない。
いつの間にか彼の親切は「いくつパンを食べられるか」という遊びにすり変わり、クラス中の生徒がそれに参加した。わざとパンを残して片平に食べさせる。いくつ食べられるか、先生にばれないか。太っているんだからたくさん食べられるはず。小学生の他愛ない遊び。片平にはそれを断ることができなかった。
「なんで俺ばっかり……」
小学生の時以来、疎遠になっていたが、高校生になって久々に同じクラスになった一条は、あの頃と変わっていなかった。
「一条は、自分は参加しないで涼しい顔して、でも止めてくれなくて。すごくムカついた。参加したやつらよりもっと嫌いだった!」
一条は不思議なやつだった。特に目立つわけではないけれどなぜか一目おかれていた。無理に話を合わせるわけでもないのにいろんなやつと友達で、なのにそれに頓着する様子もなくて。
「ずるい、ずるい、ずるい。今でもそうだ。今でも俺は誰からも相手にされないのに一条は知り合いが多くて、目立つグループのやつらとも仲が良くて」
不公平だと思ったから少しくらいいやな思いをすればいいと思った。それなのに嫌がらせに対してだって平気そうで。それすらも相手にされなくて余計に腹が立って、惨めで。
自分はあんなふうにしか皆の関心をひくことができなかったのに。あんなことでしか注目されなかったのに。
「だからっ」
片平の襟首を掴んでいた手がいっそう強まって乱暴に下駄箱に叩きつけられた。瞬間的に息ができなくなってむせる。
「言いたいことはそれだけか」
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