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「ああ、あの子?一条グループの二番目だか三番目の息子だよ」
それは会社の講演会でホテルに出向いた時だった。偶然にも彼を見かけた柳田は、あまりの興奮に普段なら絶対に話しかけない同僚に彼のことを尋ねていて、相手が柳田の勢いに驚いていることにも気が付かなかった。それどころではなかった。まさかもう一度彼に会うことができるなんて。これはもう運命だと思った。
我を忘れて見つめていた柳田は、ほんの僅かだけれど彼がこちらに笑いかけたと思った。
一条グループの会社をホームページで調べ、インターネットで検索し、どうにかして彼の名が一条和泉だと知った。彼に似合ったとても上品な名前だと思った。それから学校や自宅など彼のことについてあらゆることを調べ始めると止まらなくなった。
学校の前で彼が登校するのを見送ったり、読書好きだと知ると立ち寄りそうな本屋や図書館に何時間も張り込んで彼の行きつけの場所を特定した。
すぐ傍で彼を見ているためにも家を引っ越した。彼の家は豪邸でとても近辺にすめるような住宅地ではなかったが、なんとか一番近いマンションの上層階に住み、彼の家を望む部屋に暮らした。その高級マンションに住むために必死で働き彼につりあうことのできる男になろうと努力した結果、今までできなかったことも彼の、和泉のためを思うと少しも苦にならなかった。業績は驚くほど伸び、課長の見せしめのような叱責をうけるけこともなくなった。
それでも、周りの人間と打ち解けることはなかった。今まで散々柳田を蔑んできた女どもが近づいてきても少しも心惹かれなかった。柳田の心にあるのはただ一人だけ。自分はお前たちの知らない大切な人間がいるのだ、と思うと知らず優越感が沸き起こった。和泉のことは自分しか知らない。あのすばらしい少年をお前たちは知らないのだ。和泉は自分だけのものだと思うと驚くほどに気持ちが高揚した。
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