煙草と幸せ

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「私ね。精神科に通ってた時期があったの。未成年の頃なんだけどね、家にあるお酒飲んでやろうかと思ったことがあって、結局飲みはしなかったんだけど。」 「そう、だったんだ。知らなかった。ちょっと驚いた。」 なんでもないように言う彼女とは違い、僕は驚きを隠せなかった。 「言ってなかったからね。あのさ、亮太くん、煙草のこと逃げだと思って、情けなく、後ろめたく感じてるでしょ?」 真っ直ぐ僕の目を見据えて言う。図星で、言葉が上手く出てこなかった。 「大丈夫だよ。自分では、自分が許せないだろうけど、かっこ悪いと思うだろうけどね。身の上話になっちゃうんだけど、私の親と父方の祖母がね、これが当たり前で、幸せなんだみたいな固定概念が強くて、それから外れると嫌味言われて、私もその固定概念で考えるようになってたの。でも、母方の伯父と旅行に行って世界が変わったの。」 と小学生の女の子が遠足の思い出話をするような笑顔で、その伯父の話を続けた。 その伯父は、作曲家だったが、それだけでは生計を立てられずアルバイトをかけ持ちしていたが、趣味は世界旅行というなんとも好きなことに真っ直ぐで自由な人だったらしい。しかし、親族の間では、いい歳してと評判は良くなったそうだ。彼女が、精神科に通い、家に引こもるようになったとき、伯父が京都に連れ出してくれたらしい。伝統的な建造物から、有名な喫茶店、ジャズバーなど様々な場所を回ったそうだ。 「すっごく楽しくてね、久しぶりに生きてる心地がしたの。他の大人より伯父の話が何倍と面白くて、あーこの人は自分の人生たのしんでるんだなって思った。で、伯父がその旅行の帰りの車で『例え、その人が罪人だったとしても幸福だと感じることはできる、逆にどんなに世の中から評価されている立派な人でも不幸だと感じることはある。だから、他人の指標に従いすぎたらだめだよ。自分の声をきいてあげてね。』って言ってくれたの。自己嫌悪が酷すぎて、人より少し弱かっただけなのに自分のことを罪人ぐらいに思ってたから、人として有るまじきだって。だから、すごいその言葉に救われた。」 「うん、いい人に出会ったね。」 彼女は、少し間を置いて、何かを決意したような様子だった。 「うん。後、伯父は『有名な芸術家の中にはいけない薬に手を出したりするような常識からはずれた人達もいる。でも世の中にはそんな芸術家たちを何十年何百年と愛し続けてる人達が大勢いる。だから、正しくなくても弱くても人から愛されることも愛すことも出来るんだよ。』ってことも言ってたの。私は、そこから自分が幸せだと思えるように生きてきた。そうやって生きていって、いつか、そんなふうに愛し合える人と出会いたいなと思ってたの。」 すると、彼女は幸せそうな笑顔で、 「亮太、愛してるよ。」と言った。 ずっと僕の中であった自己嫌悪や罪悪感が消えていく感覚がした。 僕は、思わず彼女の腕を引いて抱きしめた。 「僕も愛してるよ。ありがとう。」
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