一人目の共犯者

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母親が死んだ。 なんとかっていう名前の病気で。 俺がその病気を知らされたのは去年の春、無事に大学に入学した日の祝いの席だった。 どうやら、俺の受験に影響が出てはいけないと、両親はずっと隠していたらしい。 思い返せば二年前、母親は風邪をこじらせて一週間ほど入院したことがあったっけ。 その時に見つかったのか、その時は既に治療中だったのか、そんなの今更どうでもいいけど。 とにかくまあ、頑張って真摯に病気と闘った母は、ハロウィンで死神なんて洒落にならない仮装ではしゃいだ一週間後、息を引き取ったのだった。 母が大好きなクリスマスまではもたないだろうと宣告され、家中をこれでもかというほどクリスマスの飾りで埋めつくしていた最中のことだった。 母との別れには色々とやるべきことが多く、俺も父も飾り付けにまで意識が及ばず、家中賑やかな様子に弔問客は驚いた顔をしていた。 悲しくないと言えば大嘘になるが、俺は、不思議と泣けなかった。 ただ、一人息子の俺を溺愛し、『何があっても愛してる』と言い続けていた母は、もしかしたらあの世で『涙のひとつくらい出し惜しみしないで見せなさいよ!』と、お怒りかもしれないな。 だが、実は、俺が泣けなかったのはその母のせいでもあるのだから、責任転嫁はやめてほしい。 母があんな事を俺に頼んだりしたから、それで頭がいっぱいで泣くに泣けなかったのだ。 あれは……母が亡くなる二ヶ月ほど前だっただろうか。俺が大学一年の夏の終わり頃だった。 一時退院した母がどうしても行きたいところがあると言うので、車を出したのだ。 目的地は、家から少し離れた場所にある老舗の文具店。 文房具買うならネットで注文したらよかったのにと言えば、それは足がつくからだめだと返ってきた。 おかしな言い草だなと思いながらも母の買い物に付き合うと、母は、次から次へと、カードやら封筒やらをカゴに入れはじめたのである。 それはまさに大量だったけれど、呆気にとられた俺を横目に母はさっさと会計を済ませたのだった。 そして家に戻るなり、ダイニングテーブルにそれらを広げ、何やら書きはじめた。 『何してんの?』 特にすることもなかったので、母の背後から覗くと、白、黒、茶色のシンプルなカードに父へのメッセージを書き記しているようだった。 一人息子の俺宛ではなく、父宛だということに、夫婦仲の深さを再認識する。そこに嫉妬したりしないのは、二人の仲の良さを日常的に見てきたからだろう。 やがて何枚かのカードを書き終えたところで、母はそれを一枚ずつ封筒に差し入れた。 次に、表側に、1、2、3…と数字を付けたのだ。 『それ、何の数字?』 『これはね、カードの順番』 母は得意気に答えた。 『順番なんか付けてどうするの?』 『お父さんに順番通りに読んで欲しいからよ』 『ふうん…』 俺は何となく会話していただけだが、そんな中、母がおもむろに命じたのだ。 『あなたがお父さんに渡してね』 『は?』 『だから、私が死んだ後あなたからお父さんに渡してほしいのよ』 この時初めて母が自ら “死” を口にするのを聞いた俺は、決して小さくはない動揺を抑えながら、母に反論した。 『な…、なんだよそれ。自分でしろよ』 『馬鹿ね。私が死んだ後どうやってお父さんに渡すのよ。化けて出ろって?』 クスクス笑った母だったが、俺は、化けて出てくれても全然構わないと思った。きっと父だって同じことを思うはずだ。 でも母は、そんな俺を全く無視して、またカードに記入しはじめた。 そしてペンを走らせながら、まるで楽しいイタズラ計画みたいなノリで説明してきたのだった。
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