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彼女は久々に会った彼を見ながら、
何を話していいのかわからずにくだらない話をしていた。
“コーヒーに入れた砂糖とミルクの量なんて、どうだっていいのに”
そう思いながら、彼の笑顔を見つめている。
あの時――小説を依頼した時点では、ただの友達だったのに。
今はなんだか距離感がおかしくて……彼女は戸惑っていた。せめて夜に会うのはやめようと思い、昼に呼び出すが……どうしても意識してしまう。
『若い女じゃあるまいし』と思いながら、彼女は出来立ての小説本を彼に差し出した。
「おお!すごい!」
彼が感嘆したように言うのを、どこか誇らしげに聞く。自分でもなかなかの出来だと思う。今回は装丁からイラスト、編集まで自分の思うようにやれたのだ。楽しくて仕方なかった。こんな経験が出来たのも彼のおかげだと思う。
「絵は下手っぴだけど、アートは気に入ってるの。さんざん失敗したんだけど」
出来上がりがうれしくて、にやけてしまう。
「私たちのイラストも描いたけど、ちょっと美化しちゃった」
へへへ、と照れ笑いで画力の無さをごまかすが、
「そんなことないですよ」なんて優しい言葉を返してくれる彼の存在が、ありがたかった。
「智一さんが付き合ってくれたからだよ。ありがとうね」
気恥しかったから、本当は郵送したかったけど……
御礼を直接伝えたくて、手渡しすることにしたのだ。肝心な用件を済ませることが出来てよかった、と彼女はホッとしていた。
「智一さんが付き合ってくれたからだよ。ありがとうね」
照れたようにそう言う彼女の顔を見ながら、
彼は直近に二人で会った時の出来事を思い出していた。
酔った上での衝動にしては、触れた彼女の温度が忘れられなくて、なんだかモヤモヤする。彼女はいったい、どう思っているのだろうか?
――忘れてしまいたいと、思っているのかな。
「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございます。
重美さんのおかげで『いい経験』が出来ました」
いい経験、というところを強調すると――彼女は赤くなった。
――彼はどういう意味で言ったんだろう?
「重美さんのおかげで『いい経験』が出来ました」
彼女はその言葉のせいで、思い出したもろもろの記憶のために、赤面している。
だが彼は……邪気のない顔で彼女を見ながら、いつも通りに会話している。
……気の、せいかな。
そう思いながらも、熱が上がりそうだった。こうしてそばにいるだけで、体温が高くなるのを感じている。
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