2019年度、秋:美衣子せんせい、挑む!

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 一方、先ほどの黒い影である。  影は、ずっと駆け続けていた。しかし、その足取りは軽快とは言い難い。呼吸も苦しそうだ。夜のジョギングを習慣にしている人には見えない。  「あー、疲れた!」  黒い影は、とある温泉施設の駐車場で立ち止まった。  黒の上下、キャップでしっかりと顔を隠したその女性は──。  美衣子せんせいである。  肩で呼吸を続ける彼女は、ヨタヨタと石段に腰掛けた。  (初日にしてはまあまあね。明日はもっと頑張らなきゃ。後輩たちをギャフンと言わせてやるんだから!)  苦い記憶が蘇る。昨年の運動会だ。ほのぼの幼稚園の運動会は、ラストに学年対抗で保護者とせんせいによるリレーが行われる。皆、我が子の活躍の次に、これを楽しみにしていると言って良い。  昨年のリレー。美衣子せんせいは極度の緊張に加え、日頃の運動不足が祟ってボロボロの結果に終わったのだ。しかも、実況の子安せんせいに「ベテラン」と連呼され、余計に悪目立ちしてしまった(なお、子安せんせいに悪気はない)。  余裕の表情で自分を追い抜いていった後輩たちが忌々しい!  リベンジを誓った美衣子せんせいは、秘密の特訓を開始したのであった。  まずは運動不足を解消して体力をつける。身体が軽くなれば一石二鳥だ。これを習慣にしてしまえば、運動会前に毎年悩むこともない。  「でも、これを毎日か。さすがに疲れるわね」  ここで折り返して自宅まで走るつもりだったが……。  顔を上げた美衣子せんせいは、あるものに目をとめた。温泉施設の送迎バスだ。  「ま、無理は良くないわね。計画に変更はつきもの。臨機応変に行きましょ」  彼女は、スタスタと温泉施設へ入って行った。
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