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擦り剥いた膝を洗うため、ケータを手洗い場まで連れて行き、チラリと園庭を振り返る。別の先生がみんなの相手をしている。少し離れていても大丈夫そうだ。
ミホせんせいは、ちょっと眩しい思いで園庭を眺めた。
子どもたちの三年は速い。
楽しいことも。悲しいことも。風のように過ぎる三年の間に、たくさんのことを吸収していく。
ミホせんせいは思う。時の速さを感じるのは、自分が大人だからだと。
子どもたちはきっと、永遠にも似た時間を懸命に駆けている──。
「あのね、ミホせんせい」
エプロンを引かれたミホせんせいは、ケータと目を合わせるように屈んだ。
ケータは、きりりとした眉をハの字にし、何やら複雑な表情である。
「どうした、ケータくん? 足、痛いの?」
「ううん」
ケータは複雑な表情のまま首を振る。
「オレ、ミホせんせいとはケッコンできなくなったんだ。ごめんね」
子どもたちにとって、一日の大半を共に過ごす幼稚園の先生は、いちばん身近な大人であり憧れの対象にもなる。
多くの子どもたちの初恋を奪う職業──。と、言えるかもしれない。
しかし、ここまで律儀にプロポーズを撤回されたのは初めてであった。
「そ、そっかぁ。もしかしてケータくん、好きなコができたのかなー?」
子どもが言うこととはいえ、けっこう複雑な心境になるミホせんせいである。
「オレは、のんちゃんとケッコンすることにしたから」
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