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若林が恐れ入って頭を掻いていると、のんちゃんたちがトイレから出てきた。
「ねえ。のんちゃんのパパとママ、一緒のお仕事だったんだよね?」
シャルルくんは、手を洗うのんちゃんの横顔に話しかける。
「そうだよ」
「それで結婚したんだよね?」
「うん」
「ほらね」
シャルルくんが若林を見上げてウインクした。
「みんながそうという訳じゃないよ」
苦笑いの若林である。
のんちゃんは、ケッコンの意味がイマイチ分からないのか不思議そうな表情だ。
「何のお仕事だっけ?」
ミホせんせいが訊いた。
ちょっと鈍い彼女は、若林が恋に悩んでいることを知らない。
保護者の職業については入園時に把握するが、忘れているミホせんせいはそっちが気になるのだ。
のんちゃんは、ミホせんせいを見上げて答えた。
「メガネやさん」
「なるほどね」
のんちゃんの両親を思い浮かべて納得するミホせんせいである。
みんなで連れ立ってホールへ戻る。
子どもたちはとっくに寝る時間だし、ミホせんせいたちももうすぐ別の班と交代だ。
ホールに入る直前、シャルルくんは若林に向かって言った。
「じゃ、頑張れよな」
「もしかして君は……このことを言うためにトイレに行ったの?」
そう思わせる何かが、この子にはある。
「フッ。さあね」
またウインクをして、シャルルくんはスタスタと自分の寝床へ向かっていく。
思いがけず、幼児に元気づけられた。
そうさ。
いかつい店主が目を光らせているからって、どうせ諦め切れないんだ。
この広い世界で、せっかく出会えたんじゃないか。
胸を熱くする若林である。
と、肩をトントンされる。鈴乃せんせいだった。
「若林くん〜、交代よ〜。休んで、きてね〜」
ついにこの時がきた。
休憩のようで休憩じゃない。
彼は、このあと『月代さんの勘違いを正す』という大仕事を控えているのだった──!
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