2019年度、夏:若林、ようちえんへ行く!

27/28
前へ
/503ページ
次へ
 「あ、この日って」  若林は、壁に貼られた予定表に目を凝らす。  「この週、夏風邪引いた奴がいて大変だったんすよ。  店長もいつも以上に忙しくて。この日も多分、午前くらいしか休みがなかったんじゃないかな」  彼は、予定表を指し示しながら言った。  「それが、よりに寄って……」  月代さんはポツンと呟くと、続いてブフッと吹き出した。  吊られて、その場にいた皆が笑い出す。  「まったく、二人とも紛らわしいんだから。  何も無いならあんなに気まずい顔しなくても」  「ウケる〜。私も現場見たかったですぅ」  「そりゃ勘違いもするわね」  子安せんせいまで楽しそうである。  大将たちにしてみれば、偵察とはいえ男二人がかわいいカフェへ、というのは少々恥ずかしかったであろう。  しかも、大将のエレベーターTシャツが似合わないという理由で服を替えっこしていたのだ。  そんなところを知り合いに見られてしまっては気まずくもなる、かもしれない。  何はともあれ一件落着。  月代さんも心から安心したことだろう。  ミホせんせいは胸を撫で下ろした。  「嘘〜。もう休憩終わりじゃないですかぁ」  麗香せんせいがデスクの置き時計を見て焦った声を出す。  「マジか……」  何とか使命を果たし、抜け殻の若林である。  ミホせんせいが元気に言った。  「若林くん、ほんとありがとう!  休んでて。子どもたち、落ち着いてると思うから」  「いえ、行きます。  なんか精神的にラクになったから」  苦労人若林にとって、完全ストレスフリーな状態は極めて稀である。  「うーん。私も元気になりましたぁ。寝られなかったけど別の意味でぇ」  と麗香せんせい。  「よーし、あと一息。行きますか!」  こうして、幼稚園の長い長い夜は更けていくのであった──。  
/503ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加