2019年度、夏:若林、ようちえんへ行く!

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 ♢  「おはよう!」  子どもたちが起き出すと、また賑やかになる。  『トリ目族』常連の子たちも元気だ。  朝食はパンとパックのオレンジジュース。  すっかり子どもたちと打ち解けた若林は、みんなに囲まれてパンを食べた。  お片付けをしたり歌を歌ったりしていると、時間はビュンビュン過ぎる。  お泊まり保育は、あとちょっとでおしまい。  だけど、大好きなパパやママがお迎えに来てくれる。  「のんちゃんーーっ!  会いたかったよぉ!  パパにちゃんと顔を見せてくれーっ!」  予想通りというかお約束というか。  保護者がごった返す中でもひときわ目立つ、のんちゃんのパパである。  娘の顔が見えないのは、感動の涙でメガネが曇っているだけだ。  「のんちゃん、またね」  若林がしゃがんで掌を差し出すと。  のんちゃんは、硬い表情でちょこんとタッチした。  あれれ?  さっきまで、コロコロと笑っていたんだけどな。  若林が手を振ると、のんちゃんはコクンと頷いて小さく手を振り返す。パパと手を繋いで背を向けた。  (疲れちゃったのかな)  子どもたちが次々と帰っていき、ちょっと寂しくなる若林である。  「若林くん。今回は本当にありがとう」  咲紀(さき)ちゃんが歩み寄ってきた。  「いいんだ。こちらこそ誘ってくれてありがとう」  「え?」  「いや、なんかさ。子どもがいる場所の空気ってなんか、いいなって思って」  若林は、園児たちが出ていった門を眩しそうに眺めた。  こちらを見ている咲紀ちゃんが、ちょっとだけ頬を染めていることには気づかない。残念な若林である。    ──あの子たちくらいの頃の感動って、強烈に印象に残るの。  昨夜の、葉月せんせいの言葉を思い出す。  (良い思い出になったらいいな──)  さて。子どもたちには楽しい楽しい夏休みの始まり。  幼稚園は、しばらく静かになる。そして。  この瞬間から約34時間後。  若林は、葉月せんせいから強烈なデコピンをお見舞いされることになる。  
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