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天井から「恐竜」や「人の顔」は消えていた。
幼い頃に見つけたものだが、今ではホコリで平坦化してしまっている。「お化け」だけが常夜灯のおかげで陰影が濃くなり、かろうじて読み取れた。
ーーもうすぐだ…
横目で時計を確認する。リョウは聞き耳を立てた。
居間のテレビが消された。トイレの水音。冷凍庫から氷を一つ取って口に入れる。父が眠る前のルーティンだ。
ふすまを閉める音がして、ほんの数分でいびきが始まった。母はいびきを避けるため、一時間も前に寝室へと引き上げている。
念のため更に十分待ち、ベッドから起き上がった。
カーペットの上で仁王立ちになる。
深く息を吸い込む。両拳に力を込めると、暗闇に米粒大の光が浮かんだ。
光は揺れながら近づき、見えない障壁に阻まれて止まった。二つ、三つと数を増し、同じ場所でぴたりと止まる。やがて光は数を十倍、百倍と増していき、密集して壁となった。
リョウは止めていた息をゆっくりと吐き出した。
吐気の震えに合わせて光の壁が明滅する。
強く光るたび徐々に輝きが鈍くなり、しばらくすると息絶えるように消えた。
後には、青く透き通る壁が残った。
壁は六面あり、天面と底面は六角錐である。室内にいる今は、天井や床に消えており、目視では確認できない。
意識を集中すると透明な小部屋にヒビが入った。髪の毛ほどの細い筋が、網目状に広がっていく。ヒビが全面を覆うと、安堵の吐息を漏らした。
ーー行こう…
全身の毛が逆立つ感覚があり、ふわり、と体が浮いた。
滞空時間はわずかだった。すぐ落下して、両足は再びカーペットのザラついた感触を感じていた。
ーーもう一度…
ふわり。今度はもう少し高く飛んだ。
が、またしばらくすると重たげにゆらゆらと下がっていく。
集中。意識を全身の隅々に行き渡らせる。
足の裏にカーペットの毛足の先端を感じたところで下降が止まった。
ーー重力から解放されるのは、何度やっても難し…
およそ三十秒、その状態を維持する。
よし。リョウは視線を上に向けた。天井の「お化け」模様に焦点を結ぶ。
じりじりと「お化け」が近づいてきた。体が浮かび上がっている証拠だ。焦るな。集中を乱してはいけない。
目標が眉間のすぐ上に迫ると、次の瞬間視界から消えた。リョウの体が天井に潜り込んだためだ。
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