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 ずっと部室に足止めをされている穹は、チラチラと由香里の方を見る。何度由香里に理由を尋ねても、マリが来るからとしか言わず、それ以外は何も教えてはくれない。 「あの・・・有賀さん。何で・・・。」 「ごめんなさいっ!でも、もう少し、もう少しだけ待って下さい。」  改めて聞いてみようと思っても、やはり同じ様な事ばかりを言われる。穹は困った様子で頭を掻くと、ハァ・・・。と深い溜息を吐いた。  由香里はソワソワと落ち着かない様子で、何度も携帯の画面を見ては、部室のドアの方を見たりとしていた。穹と同じく溜息を吐くと、何とも言えない居心地の悪さを感じてしまう。  突然手に握り締めていた携帯の振動を感じると、由香里は慌てて携帯を開いた。マリからやっと届いたメールには、もうすぐ着くと書かれている。  由香里はホッと肩を撫で下ろすと、「もうすぐ着くそうです。」と、安心した様子で穹に伝えた。  ガラッと、部室のドアが勢いよく開くと、マリはゼェゼェと息を切らしながら現れた。そのまま部室内へと入ると、不安そうに見つめている二人に向け、ニッコリと笑顔を見せる。 「ごめんねぇ~。待たせちゃって。」 「片瀬・・・どうしたの?」  穹は少し心配そうなにマリに近づくと、マリは手を翳し、「ちょっと待って・・・。」と息を整える。何度も大きく深呼吸をすると、近くの椅子に座り、一休みをした。 「はぁ~・・・。めっちゃ走った・・・。」 「あの・・・マリ先輩・・・。」  由香里は穹の事を気にしながら、そっと話し掛けようとすると、マリはニコリと微笑み、由香里の頭を優しく撫でる。 「由香里も、ごめんねぇ~こんなお遅くまで。もう由香里は帰ってもいいよ。これ以上遅くなると、親に心配掛けちゃうしねぇ~。」 「いえ・・・あの・・・。私も居ていいですか?私も・・・やっぱりちゃんと時谷先輩に謝らないと・・・。」 「ダ~メっ!由香里は悪くないから、もう帰って。お礼に今度、何でも奢ってあげる!」  マリはニッコリと笑うと、そっと由香里に耳打ちをした。 「それに、今から告白タイムだから。ね?」  由香里は小さく頷くと、穹に向かい深くお辞儀をする。そして鞄を持って、静かに部室からでると、そっとドアを閉めた。  由香里が部室から出て行った事を確認すると、マリはそっと椅子から立ち上がり、穹の元へと寄った。そして今度は、穹へと耳打ちをする。 「っつ~ても、どうせ由香里はまた、ドアの外で聞いてると思うけどぉ~。」 「確かに・・・。」  穹はクスクスと小さく笑うと、マリもクスクスと笑った。  マリはまた大きく深呼吸をすると、そっと胸に手を当てた。ようやく高鳴っていた鼓動が治まっている事を確認すると、穹の目の前に立ち、深く頭を下げた。 「ごめんなさいっ!」  突然マリに謝られ、穹は戸惑ってしまう。 「え?何?何がごめんなさいなの?」  訳が分からず戸惑っている穹に、マリはゆっくりと頭を上げると、恥ずかしそうに、ポリポリと頭を掻きながら説明をした。 「実はさ、悠木の事好きなの・・・私じゃないんだぁ~。麻美がね、悠木の事好きなんだよ。」 「え?麻美って・・・A組の?」  マリは小さく頷くと、頬を赤く染めながら言う。 「私は麻美に頼まれて、悠木の事色々と聞き出そうとしてたんだぁ~。それでねっ、その・・・。」  モジモジと恥ずかしそうにしているマリに、穹は不思議そうに首を傾げると、納得とする様に突然パンッと手を叩いた。 「あぁ!だから片瀬、ワザと古典悪い点数取ったりしてたんだ。あぁー・・・何かごめん、俺勝手に勘違いしてたみたいで・・・。」  照れ臭そうに笑う穹に、マリは再び頭を深く下げると、大きな声で言った。 「本っ当にごめんっ!実は私、穹君に悠木の事相談するフリをしてたっ!そんでもって、由香里に頼んで色々穹君の事、調べて貰ってた!」 「え?有賀さんに頼んでって・・・。」  キョトンとしてしまう穹に、マリは顔を真っ赤にさせながらも、しっかりと穹の顔を見て言った。 「私が好きなのは、穹君なんだ。だから由香里に、穹君に好きな人とか居ないか、調べて貰ってた。私、穹君の事が好きです!」  突然のマリの告白に、穹は驚いてしまうと、その場に固まってしまう。 「え・・・?あのっ・・・その・・・。」  困惑をしつつも、穹の顔も徐々にと赤く染まってしまうと、恥ずかしそうにマリから視線を外してしまう。  穹は照れ臭そうにポリポリと頭を掻くと、その後ゆっくりと息を吐き、そっとマリの方へと視線を戻した。そして申し訳なさそうな顔をすると、又マリから視線を外し、俯きながらに言う。 「あの・・・ごめん。俺・・・。」 「分かってる!穹君がずっと白井さんの事好きって事、知ってるよ。だから振られるの知った上での告白!」  マリは顔を真っ赤にさせながら大声で叫ぶと、穹は驚きながらも、悲しそうな表情を浮かべた。そんな穹に、マリはニッコリと微笑むと、今度は優しい口調で言った。 「只、ちゃんと自分の気持ちを伝えたかっただけだから。」  マリの柔らかい表情を見て、自然と穹の顔も穏やかになると、穹は小さく微笑む。 「ありがとう・・・。でも俺、片瀬が思ってる程、良い奴でも無いから・・・。逆に、最低な奴だよ。」  マリは一瞬視線を足元に落とすと、音苑の腕の傷跡を思い出してしまう。それでも又視線を穹へと戻した時は、ニコリと笑顔を見せ、いつもの能天気な口調とは違い、真面目な口調で話した。 「私、穹君の昔の事とか詳しく知らないけど、そんなのどうでもいい。だって私が今知ってる穹君は、とっても優しくてお人好しな人なんだもん。今の穹君を好きになったんだから、興味も無いし関係無い。穹君が白井さんの事好きって事だって、正直私には関係無い。私が穹君の事好きって事を、只知っておいて欲しいだけだよ。」 「片瀬・・・。」  マリはゆっくりと目を伏せると、ギュッとスカートの裾を握り締めた。自分の中で決意をすると、真剣な表情で穹を見つめる。 「私ね・・・さっき、白井さんと会ってたんだ。そんで、話してた。」  マリの言葉を聞いた瞬間、穹の鼓動は一気に高鳴った。 「音苑と・・・?何で・・・。」  穹の脳裏に不安が過る。だがマリはニッコリと微笑んで、明るい口調で言って来た。 「最っ低のお下劣メールで呼び出されてさぁ~!そんで、私がズル賢い事して、穹君落とそうとしてるって、指摘された。」 「そんな・・・片瀬はそんな事・・・。」 「白井さんの言う通りだよ!」  穹の言葉を遮り、マリは叫ぶと、自分の行為を恥ずかしそうに話す。 「本当に、白井さんの言う通りだったんだ。私、悠木の事相談するフリして、穹君と仲良くなろうとしてた。あわよくばその流れで、穹君が私の事好きになってくれたらって。おまけに由香里まで使って・・・。由香里に頼んで、穹君の事探って貰って、卑怯な事してた。でも、由香里は私に頼まれてやってただけだから、怒らないであげて。由香里は何も悪く無いからさ。」  そう言ってニコリと小さく笑うと、穹はゆっくりと頷いた。 「怒ったり何かしないよ。」 「ありがとう。」  マリは少し俯くと、少し言い難そうに言う。 「あのね・・・。有る意味、白井さんのお陰でも有るんだ。私が正々堂々と、穹君に気持ち伝えようって思ったの。」 「音苑の?」  マリはクスリと小さく笑うと、淡々と話し始める。 「女狐だって言われて、確かにそうかもって思ってさぁ~。でも普通恋愛なんて、皆策略練って頑張ってその人落とそうとするじゃん?女の子なんて、特に計算高い子多いし。でも白井さんは堂々と、穹は私だけの友達~だとか、穹の事が大好きだからぁ~とか、ハッキリ言うんだよね。その癖自分は、本当の気持ちから逃げてる癖に・・・。」  最後の言葉は、穹に聞こえない位小声で囁くと、ニッコリと満遍無い笑顔を浮かべ、元気よく言った。 「すっごい腹立った!でも腹立つって事は、ズル賢い事してる自分に、後ろめたさが有るからなんだよね。だから私、負けらんないって思って、堂々と自分の気持ち、伝えてやろうって思ったんだぁ~!」 「音苑が・・・そんな事言ってたの・・・?」  悲しそうな表情を見せる穹に、マリはそっと俯くと、「フェアじゃ無いよね・・・。」と呟く。  マリは気合いを入れる様に、パンパンッと両頬を叩くと、しっかりと穹の顔を見た。 「穹君。私、白井さんの腕の傷跡見たよ。」  その言葉を聞き、穹の顔は一気に真っ青に染まってしまう。 「別にだからって、穹君や白井さんを見る目が変わる訳じゃないよ。今まで通り、私は穹君の事が好きだし、白井さんの事は嫌い。」 「音苑から・・・聞いたの?その・・・。」  声を震わせながら聞く穹とは裏腹に、マリはハッキリとした口調で言った。 「詳しくどうこう聞いた訳じゃない。只傷跡見せられて、穹君から教わったって言われただけ。天使に演奏を届ける方法とかどうとかって。でも、私にはそんな事どうでもいい。それより・・・それより白井さんの事で、気になる事が有るんだ。」 「音苑の事で・・・?」  不安気な顔でマリを見ると、マリは顎に手を添えながら、少し困った様子を見せた。 「う~ん・・・何て言うんだろう・・・。白井さん、きっと自覚が無いと思うんだ。その・・・全てにおいて?」 「自覚って・・・。何の話し?」  不確かそうに穹は眉を寄せると、マリも同じ様に眉を寄せ、困った顔をする。 「きっと穹君、白井さんに恨まれてるとか思ってるかもしれないけど・・・。白井さん、別に恨んで無いとか言うんだよね~。逆に教えてくれたから、自分もお礼をしないとって言って。でもそれって、恨まない為にそう思い込ませている様に感じてさぁ~。上手く言えないけど・・・。これは同じ女だから分かる事なんだけど、白井さん、穹君の事好きなんだと思う。友達としてぇ~・・・とかじゃなくて、恋愛感情で。」 「音苑が?有り得ないよ!だって音苑は、天使に恋をしてるんだ!ずっとずっと・・・。」  驚きながら言う穹に、マリは更に悩まし気な表情を浮かべると、「う~ん・・・。」と考え込む。 「私、思ったんだけど、その天使って~のがどうも引っかかって。」 「天使が引っ掛かるって・・・どう言う意味?」 「なんつ~んだろう。今日白井さんと話して、すっごい違和感、感じたんだよねぇ~。凄く穹君に対しての独占力が強い癖に、無理して友達止まりに気持ちを抑えつけてるみたいでさぁ~。まるで誰かに、そう言い聞かされてるみたいな・・・。天使にしか恋をしちゃいけないんだ、ってみたいに?」 「何それ?」  不可解な顔をする穹だったか、マリはそれ以上に自分でもよく分からず、ムシャクシャした様子で頭を掻き毟る。 「あぁ~もうっ!私だってよく分かんないよぉ~!そんな白井さんの事、知ってる訳じゃないし!でも何か、誰かに言い聞かされてる様な気がしてぇ~!それ以外は、きっと自分でも気付かずに、穹君とか傷付けちゃってるんだと思う。無自覚なんだよぉ~あの子!」 「なっ、誰かにって・・・何だよそれ?無自覚って、じゃあ音苑は、自分では俺を責めてるつもりは無いって事?仲良くしたいって、普通に本当にそう思って言ってるだけって事なの?誰かにって誰?」 「知らないよぉ~!私に聞かれても困る~!私は只そう感じただけだし。本人に聞いても、きっとまともな会話成り立たないよあれじゃぁ~!」  二人揃ってアタフタとしながら、大声を上げて言い合っていると、突然ガラッとドアが開く音が聞こえた。二人はピタリと動きを止め、ドアの方を振り返ると、案の定まだ帰らずに、盗み聞きをしていた由香里が姿を現せた。  由香里はそっと部室内へと入って来ると、顔を俯けながら、言い難そうに言って来た。 「あの・・・。それってもしかして・・・音羽さん・・・じゃないですか?」 「え?音羽・・・?」  穹は首を傾げると、突然出て来た音羽の名前に、不思議そうな顔をする。マリは音羽の名前を聞き、ハッと思い出すと、慌てて穹に言った。 「そうだっ!そうっ!その音羽って人!確か白井さんが言ってた!悠木は、音羽が壊したって。」 「音羽が・・・壊した?悠木を・・・?どう言う意味?」 「いやっ・・・。私も何の話しだかよく分かんなかったけど、音羽は壊すのが得意だとかぁ~・・・何とか。」 「壊すって・・・。」  穹はふと日曜日のコンサートの日、途中から悠木の様子がおかしかった事を思い出す。その後音羽から警告に変わったと由香里から聞き、悠木を避ける様になったが、そのせいで悠木は学校を休み始めた。  穹の心に不安が過ると、慌てて由香里に尋ねた。 「有賀さん、何で音羽だって思うの?」  由香里は戸惑いながらも、そっと答える。 「その・・・一度だけ聞いた事が有るんです。音羽さんが・・・音苑は天使にだけ、恋をしていればいいって。私その時は、何の事だか分からなかったから、気にしなかったんですけど・・・。」 「音羽が?まさか・・・。」  穹はそっと口元を手で覆うと、嫌な事を想像した。  自分のせいで悠木は学校を休み続けていると思ったが、もしかしたら、音羽が原因なのかもしれない。音羽は自分以外の者の対しては、異様に冷たかった。音苑の事は嫌っている節は有ったが、以前憎んでいる様にも感じた。 「ねぇ、その音羽って人、どんな人なの?」  マリも不安気な表情で穹に尋ねると、穹は口元からそっと手を退け、戸惑いながらも話す。 「えっと・・・中学の時は、俺以外の人には凄く冷たくて・・・。音苑の事も、嫌ってるみたいなんだ。音羽はよく、俺が傷付くだけだからって、音苑とは関わらない様に言って来た。いつもどこか冷めてる感じだけど、俺とヴィオラを弾いている時は、凄く楽しそうな顔をするんだ。」 「冷めてる感じは分かります。私も、ヴィオラに関しての質問とかだと、普通に受け答えして貰えるんですが、私自身には・・・全く興味が無いみたいで・・・。」  付け加える様に由香里が言うと、マリは又「う~ん。」と考え込み始めた。 「つ~か、やっぱ白井さんが言ってたリアルBLは、マジだって事かぁ~。」  ボソリとマリが呟くと、「何の話し?」と穹に聞かれ、慌てて「何でも無い!」と言う。しかしここで隠しても、余計話が分からなくなるだけの様な気がし、マリは戸惑いながらも、意を決して話した。 「あっ・・・あのさぁ~。突然こんな事言い出して、変な誤解しないで欲しいんだけど・・・。私、由香里の言う通り、白井さんが天使にしか恋をしない様に言い聞かせてるの、やっぱりその音羽って人だと思う。その・・・音羽って人からしたら、白井さんは一番厄介なライバルなんだよ。だから・・・その・・・。」 「ライバルって?」  不思議そうに首を傾げ、聞いて来る穹に、マリは困ってしまう。「えっと・・・。」と苦笑いをしながら、何て言えばいいのか分からず戸惑っていると、変わりに由香里がハッキリと言った。 「音羽さん、時谷先輩の事が好きだからって事ですよね。恋愛感情として。」 「え?」  突然の話しに、穹はキョトンとしてしまうと、上手く話しが飲み込めずにいる。  マリは無雑作に頭を掻き毟ると、ふっ切れた様子で穹にも分かる様に、ハッキリと言った。 「つまりぃ~!私が穹君の事好きって気持ちと同じ気持ちで、音羽って人も穹君の事が、好きなんだよ!でも穹君は、白井さんの事が好きじゃん?だから白井さんが穹君の事、恋愛感情として好きにならない様に、天使に縛り付けさせてんだよ!両想いになっちゃうからっ!」 「なっ!でも、音羽は男だよ?」 「知ってるよぉ~それ位!白井さんも知ってるみたい。その・・・音羽って人の気持ち。私が同じ顔でも、男なら有り得ない的な事言ったら、音羽に言ったら殺されるわよって言われた。きっと本気で、穹君の事好きなんだよ。だから同じ男で仲良かった悠木の事も、許せなかったんじゃないかな。」 「そんな・・・。」  余りの驚きに、穹は愕然としてしまうと、チラリと由香里の顔を見た。  由香里は俯きながらも、そっと視線を穹の方へと向け戸惑いながら言った。 「あの・・・私も薄々は・・・。音羽さん、何か女の人みたいに繊細な所有るし、時谷先輩の話になると、少しだけですが楽しそうな顔してましたから・・・。」  マリは軽く溜息を吐くと、その場に硬直をしている穹に言った。 「これは白井さんと話す前に、音羽って人とちゃんと話した方がいいかもよ。じゃなきゃ、穹君が新しく仲良い友達作る度に、音羽って人に潰されちゃうよ。きっと女友達潰すのは、白井さんの役目だったんだろうねぇ~。」 「潰されるって・・・。片瀬、音苑に潰されたの?」  驚いた顔をして言う穹に、マリは深く溜息を吐くと、呆れた顔をして言った。 「潰されてないよぉ~。でなきゃ今ここに居ないし~。言ったじゃん?私は踏み潰されても突進するタイプだって!」  ニッコリと笑顔を見せると、穹はホッと息を吐き安堵する。 「でもさ、悠木は潰されちゃったっぽいじゃん?きっとあいつ、一人で音羽って人に突進してって、返り討ちに合ったんだよ。」  穹は顔を沈めると、責任を感じてしまい落ち込んでしまう。「穹君のせいじゃないよ。」と何度もマリに励まされるが、穹の顔は俯いたままだ。  と、由香里はふと有る事に気が付くと、そっと手を翳しながら言った。 「あのぅ・・・。思ったんですが、音羽さん、時谷先輩の話しをしょっちゅう白井先輩から聞いているって言ってたんです。もし今日の事も白井先輩が音羽さんに話したら、一番危ないのって、白井先輩じゃないですか?白井先輩、マリ先輩潰すの失敗しちゃった訳だし・・・。嫌ってるなら何されるか。」  不安な表情を浮かべ話す由香里の言葉を聞き、マリはハッと気が付くと、同じ様に不安な表情へと変わる。 「そうだっ!私、白井さんに言っちゃったんだよね!自分の気持ちから逃げて、隠してるんじゃないかって!もしその事、音羽って人に相談とかしちゃったら、どうなるんだろう?」  穹の心に一気に不安が押し寄せると、穹は慌てて部室から出て行こうとした。 「ちょっ!穹君!」  透かさずマリは穹の腕を掴み、引き止めるも、穹はグイグイと前へと進もうとする。マリは力一杯穹の腕を掴みながら、大声で叫んだ。 「どこ行くの?つ~かどっちに会いに行くの?白井さん?音羽って人?むやみに動いても、悠木の二の舞になるだけだよ!」 「そっそうですよ!きっと音羽さんなら、まだ公園で練習しているだろうから、白井先輩とは会っていませんよ。」  慌てて由香里も言い、マリと一緒に穹の腕を引っ張り引き止めるが、穹は二人の体事無理やり前へと進もうとする。 「音羽の所に行く!音羽に聞いて、確かめる!音苑が天使に恋をした、本当の理由を!」  穹は大声で叫ぶと、二人の腕を振り払い、そのまま一直線に走り、部室から出て言ってしまう。 「穹君っ!」  大声でマリは穹の名を呼ぶも、穹の姿は段々小さくなり、見えなくなってしまった。マリは慌てて穹の後を追い掛けようとすると、今度は由香里が、マリの腕を掴み引き止めた。 「駄目ですっ!マリ先輩は音羽さんの事、何にもしらないだろうから、言ったらマリ先輩の方が危ないです!」 「でも・・・。」 「駄目です!私は音羽さんに会った事有るし、たまに連絡もするから知ってますけど、あの人敵には容赦無いですよ!きっと私を使って、時谷先輩が渡瀬先輩を無視する様に仕向けたんです。」  真剣な眼差しで言う由香里に、マリはグッと唇を噛み締めると、穹が走り去って行った廊下を睨みつけた。 「だからって、穹君一人でも危ないよ!」  由香里は更にマリの腕を、力一杯引き寄せると、強い口調で言い放つ。 「それでも駄目ですっ!私一度ヴィオラが上手く弾けなくて、音羽さんの前で愚痴ったら、凄く冷たい視線で睨み付けられた事が有ります。その時ゾッとしました。ハッキリ言って、恐怖を感じました。私が言いたい事、分かりますよね?」  マリは小さく頷くと、グッと歯を食い縛りながら、体の力を抜いた。  由香里はホッとした様子で、そっとマリの腕から手を離すと、「そうだ!」と思い付く。 「マリ先輩、渡瀬先輩にメール送ってみたらどうですか?」 「へ?悠木に?何で?どうせあいつ、返事しないよぉ~。」 「いえ・・・そうじゃなくて。時谷先輩は音羽さんに騙されて、渡瀬先輩を無視してしまったって知らせるんです。渡瀬先輩が音羽さんと会ってるなら、きっと信じると思いますよ。」  マリはポンッと手を叩くと、うんうんと、大きく何度も頷いた。 「そうだっ!そうだよねぇ~!由香里!あんた賢い!今の状況を悠木に知らせれば、きっと単純馬鹿なあいつだ、穹君を助けようと復活するはず!」  マリは力強くガッツポーズをすると、早速スカートのポケットの中から携帯を取り出し、慌しく悠木へと何通もメールを送った。 「そうだ!白井さんにも電話を・・・って・・・番号知らないんだったっけぇ~。あぁっ!メアド知ってるから、ここに呼び出しちゃった方が、一掃安全かもっ!」  思い付いた様にマリが言うと、由香里も大きく頷いた。 「そうですね。その方が、いいかもしれませんね。でも・・・来てくれますかねぇ・・・?」  心配そうに由香里が言うと、マリはニヤリと不気味な笑顔を浮かべる。 「大丈夫~。絶対来る文面送り付けるからさぁ~。」  そう言うと、顔をニヤニヤとさせながらメールを打ち、音苑へと送った。 「ついでに穹君にも、学校で待ってる事メールしといたから、由香里はもう帰りなよ。今度こそ本当に!ね?」 「でも・・・。私も心配ですし、残ります。」 「今度こそ駄目っ!もう外真っ暗だしさ~。先輩の言う事を聞きなさ~い!」  そう言って軽く由香里の額に、デコピンをすると、由香里はションボリと俯きながら、小さく頷いた。  鞄を持ち、由香里は部室から出て行くと、軽くマリに向けお辞儀をする。マリはニッコリと微笑む手を振ると、由香里が途中でどこかに又隠れない様に、下駄箱まで着いて行った。  由香里が校門を潜り抜けた事を確認すると、ホッと安心した様子で、マリは又部室へと戻って行く。部室内へと戻ると、そっとポケットの中から携帯を取り出し、画面を見て見るが、誰からの返信も無い。マリは大きく溜息を吐くと、窓に近づき、そっと夜空を見上げた。
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