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 音羽がいつも練習をしている、海辺の公園付近へと来た穹は、ポケットの中で携帯が鳴っている事に気が付く。  その場に足を止めると、ハァハァと息を切らせながら、ポケットの中から携帯を取り出した。携帯を開くと、マリからメールが届いている。 「片瀬?」  メールを開くと、学校で待っているとの事、ついでに音苑も学校に呼んだと書かれていた。 「音苑も学校に?」  穹は携帯をポケットに仕舞い、又公園へと向かおうとすると、突然ふと足を止めた。  風が吹き付ける中、そっと静かに耳を傾けると、海の波の音しか聞こえて来ない事に気が付く。 「音色がしない・・・。」  風に乗ってヴィオラの音色がしない事に気が付くと、音羽は公園には居ないのだと悟る。それと同時に、嫌な予感がすると、学校で待っているとメールをして来た、マリの事を思い出した。 「片瀬・・・。もしかして、片瀬の所に・・・。」  穹は後ろへと方向転換をすると、急いで学校へと戻って行った。  薄暗い部屋の中、音苑と音羽は向かい合わせに立つと、互いに鏡を見ている様に感じる。  音羽はそっと音苑の乱れた襟元を直すと、ニコリと小さく笑った。 「うん、完璧だよ。音苑。」 「本当に?音羽。」  音羽は小さく頷くと、音苑はニッコリと微笑んだ。  机の上に置いた、音苑の携帯が鳴ると、音苑は不思議そうに携帯を手に取り開く。するとマリからメールが届いていた。 「あら?片瀬さんだわ。」 「何て?」  音羽に聞かれ、音苑はメールを開いて見ると、二人してクスリと笑った。 「面白い文面だね。穹を犯すんだって。」 「片瀬さん、肉食系なのね。」  二人揃ってクスクスと笑うと、音羽は良い事を思い付いた様な顔をする。 「そうだ。舞台を音苑の学校に変えようか?」  音苑は首を傾げると、不思議そうに尋ねた。 「どうして?」 「片瀬さんを、招待してあげるんだよ。」  音苑は嬉しそうに、「いいわね。」と頷く。  音羽はふと机の上に置いて有った、シーサーキーホルダーを見付けると、キーホルダーを摘み上げた。 「何これ?」  首を傾げる音羽に、音苑はニッコリと微笑みながら言う。 「あぁ、片瀬さんの忘れ物よ。ついでに届けてあげましょう。」  音羽は「ふ~ん。」と、キーホルダーを見つめると、ニヤリと不適な笑みを浮かべる。 「音羽、そろそろ行きましょうよ。」  後ろから音苑の声が聞こえると、音羽はヴィオラの入ったケースを持った。 「そうだね。行こうか、天使の所へ。」  時計の針だけが進む中、マリは不安な心を押さえながら、部室内をウロウロとする。待てども待てども、音苑も穹も、一向に来る気配が無い。あれから悠木からの返事も無く、一人不安な気持ちで部室に居続けてる。  そっと窓から外を覗いてみるも、校門には誰の姿も無く、溜息を吐いた。 「私ここで・・・朝を迎えるのかも・・・。」  ポツリと呟き、もう一度外を見て見ると、校門に人影らしきものを見付けた。  マリは慌てて窓を開け、身を乗り出して見て見ると、制服を来た音苑の姿が微かに見える。 「白井さん!よかった、来てくれたんだ!」  校内へと向かって来ている事を確認すると、急いで部室から出て、廊下を走って行った。  一直線に下駄箱へと向かい、階段を駆け下りると、階段の折り返し地点の所で音苑と鉢合わせをする。 「わあっ!」  危うくぶつかりそうになってしまい、慌ててマリは急ブレーキを掛けると、一面窓ガラスの壁に背を着いた。 「あっぶなぁ~。大丈夫?白井さん。」  胸に手を置き、ホッと息を吐くと、そっと音苑の方を見た。音苑はニッコリと笑うと、階段を上がりマリの前まで来る。 「大丈夫よ。片瀬さんも、大丈夫?」 「へ?あぁ・・・うん。」  送り付けたメールの文面に、怒っているかと思いきや、いつも通りの笑顔の音苑に、マリはどこか拍子抜けしてしまう。 「あぁ~あのさ。あのメールだけど・・・確実に来て貰う為の、口実だから。気分悪くさせたなら、ごめん。」  頭を掻きながら言うと、音苑は可笑しそうにクスクスと笑った。 「いいのよ。気にしていないから。それで、何の用?」 「え?えっと・・・用って言うか・・・。」  呼び出したのはいい物の、その後の事を何にも考えていなかったマリは、困ってしまう。どうしようかとアタフタとしていると、ふと音苑が持っている鞄に気付いた。 「それ・・・私のシーサーキーホルダー・・・。」  音苑の鞄の取っ手に、マリが投げ付けたシーサーキーホルダーがぶら下っている。それを見たマリは、少しムッとした表情をさせた。 「あぁ、これ?片瀬さん、もう要らないと思って。穹とお揃いにしたいから。」  そう言ってニッコリと笑う音苑を、マリはムッとした顔で睨み付ける。 「あげた覚え無いし~。返してくんない?」  ズイッと手を差し出すと、音苑は取っ手からシーサーキーホルダーを外した。そしてマリの差し出した手の上には置かず、そのまま床に落とすと、上から思い切りシーサーキーホルダーを踏み付けた。  バキッと言う音がすると、音苑はゆっくりと足を退かした。現れたシーサーキーホルダーは、無残にも割れてしまっている。 「ちょっと!何すんの?」  マリは音苑に怒鳴り付けるも、音苑はクスクスと可笑しそうに笑った。 「返してあげたのよ。拾ったら?」 「アンタってマジ最低っ!ちょっとでも同情した私が馬鹿だったわ。」  マリはグッと強く音苑を睨み付けると、砕けたシーサーキーホルダーを蹴飛ばした。  後から学校へと到着した穹は、息を切らせながら校内へと向かうと、途中外から、廊下の窓にマリと音苑の姿が映っているのを見付ける。 「片瀬?音苑も。」  穹は高鳴る鼓動を抑え、力を振り絞ってまた走り出すと、急ピッチで二人の居る所へと向かった。  階段を駆け上がり、一気に二人の元まで行くと、ゼェゼェと息をしらしながら、そっと近づく。 「片瀬・・・音苑・・・。」  穹の姿に気付いたマリは、ハッとすると「穹君?」と息を切らせる穹に驚いてしまう。 「大丈夫~?どんだけ走ったの?」  慌てて穹の元へと駆け寄ると、そっと体を支えた。 「穹?」  ゆっくりと音苑も穹の方を振り向くと、その顔を見た穹は、驚き目が真丸くなる。 「音羽・・・!どうして・・・音苑の制服なんか・・・。」 「へ?音羽?白井さんじゃ~・・・。」  穹の言葉に、マリは驚いてしまうと、一瞬その場に呆けてしまうが、すぐにハッと我に返る。とっさに音苑の左腕を掴み、袖を捲り上げると、左腕には傷跡が無かった。 「マジ?白井さんじゃ無い・・・。」  音羽はマリから手を振りほどくと、それまでニコニコと見せていた笑顔は消え、冷めた表情へと一変する。 「あぁ、やっぱり穹には一発でバレちゃうね。残念。面白い所だったのに。」  態度が急変した音羽に、マリは一瞬背筋がゾッとすると、これが由香里の言っていた事だろうかと思ってしまう。それでもグッと歯を食い縛り、強い口調で言った。 「どう言うつもり?白井さんのフリしてさぁ~。白井さんは?」 「音苑が失敗しちゃったから、変わりに僕が壊してあげようと思っただけだよ。でも音苑の言う通り、頑丈なんだね。」  冷めた口調で言って来る音羽に、マリは音苑とは全然違うと感じてしまう。  穹はまだ少し息を切らせながら、ゆっくりと音羽の側に寄ると、音羽の両肩を掴んで聞いた。 「音苑は?音苑はどこなの?」  音羽は悲しげな表情を浮かべると、そっと穹の髪を優しく撫でた。 「音苑はね、天使の所に行くんだ。その為に舞台に上がってる。」 「天使の所って・・・どう言う意味?」 「ねぇ、穹。穹だって本当はもう、分かってるはずだよ。どうしたら音苑を助けてあげられるか。音苑の想いを、遂げさせてあげる事だって。」  穹はゆっくりと音羽の肩から手を離すと、グッと拳を握り込んだ。  「でも・・・。」言い掛け、口を閉ざしてしまう穹の変わりに、マリが大声で音羽に怒鳴り付ける。 「それって死ぬって事じゃん!そんなの間違ってるよ!一番間違った方法だよ!白井さんは、穹君の事好きだって気付き掛けてるんだよ!」  音羽は冷たい目付きでマリを睨み付けると、ゆっくりとマリの方に体を向けた。 「君に何が分かるの?音苑はね、ずっと天使に恋をしていたんだよ。音苑にとっては、それが一番幸せな事なんだ。」 「そうやって、アンタが白井さんに思い込ませてたんじゃないの?」 「は?何言ってるの?」  マリは音羽を思い切り睨み付けると、今度は静かな低い声で言った。 「アンタは、白井さんより最低だよ。誰よりも卑怯で、誰よりも弱虫だ。私は自分の気持ち、ちゃんと穹君に伝えた。アンタはどうなの?伝えた事有るの?伝える事も出来ない、只の臆病者じゃん!」  その言葉を聞き、音羽の顔は急に険しくなると、いつもの冷静さを忘れ、乱暴にマリの胸座を掴んだ。 「音羽!何してんだよ!」  慌てて穹は、音羽の手を離させようとするが、音羽は穹を払い除け、マリを睨み付けながら静かに言った。 「何にも知らない癖に。何説教してんの?伝える事が出来ない?違うよ、伝えないんだよ。伝えたらどうなるか、分かってるから。友達ですら居られなくなる。そう言う事、君は考えた事有るの?」  マリは自力で音羽の手を払い除けると、乱れた制服を乱暴に直した。 「片瀬、大丈夫?」  穹は慌ててマリの側に掛けよると、「平気。」とニコリと笑顔を見せた。 「音羽、音苑はどこ?どこに居るのか、教えてよ。」 「穹、これは音苑が自分で決めた事なんだ。だから音苑の思う様にさせてあげよう。ね?」  音羽はニッコリと穹に向かい微笑むと、「嘘吐け!」と、突然階段下から叫び声が聞こえた。慌てて音羽は下を向くと、ゼェゼェと息を切らせながら階段を上って来る、悠木の姿が有った。 「君・・・どうして。」  音羽は驚いた表情を見せると、悠木はニヤリと笑い、携帯画面を翳した。 「マリからメール受け取ったのは、俺も同じって事。悪いけど、俺もう復活だからさ。またお前が妙な事、吹き込んだんだろーが!」  音羽はギュッと唇と噛み締めると、最後の階段を上がろうとする悠木の体を、下へ突き落とそうと両手を伸ばした。透かさず悠木は音羽の両手首をしっかりと掴むと、そのまま奥へと音羽の体を押し込め、窓へと叩き付ける。 「生憎お前のズル賢さはもう知ってるし。腕力はこっちの方が上な訳。」 「悠木!」  マリは嬉しそうに悠木の名前を呼ぶと、悠木はニッコリと笑った。  穹はそっと悠木から視線を外すと、「ごめん・・・。」と小さく呟き体を震わせる。自分のした事の後悔からか、まともに悠木の顔を見る事が出来ない。  悠木は乱暴に音羽の手首を放すと、仕方なさそうな顔をして、穹に言った。 「ちゃんと事情は分かってるからさ。お前はもう気にする事ねーよ。俺の為に、した事なんだよな。」  穹はそっと悠木の顔を見ると、今にも泣きそうな顔をしながら、小さく何度も頷いた。 「ごめん・・・。本当に、ごめん。」 「もういいって。」  照れ臭そうに悠木が頭を掻いていると、後ろから音羽の叫び声が聞こえた。 「何だよ!何なんだよ!どいつもこいつも、何でゴキブリ並にしつこいんだ!ハイエナみたいに穹に集るんだ!」 「音羽・・・。」  音羽は悠木を押し退け、穹の側まで一気に歩み寄ると、ギュッと強く穹の体を抱きしめた。 「穹、穹。僕だけなんだよ?穹の事全部分かってあげられるのも。穹と一緒にヴィオラを弾けるのも。穹を誰よりも大好きなのも。僕だけなんだ。」  音羽の言葉を聞いたマリは、ハッと音苑が公園で言っていた言葉を思い出す。 「それ・・・白井さんと逆の・・・。」 「え?」  穹はそっと音羽を見ると、音羽は顔を隠して、強く穹を抱きしめ続けた。 「音羽、俺・・・音羽の事は嫌いじゃないよ。でも・・・でも、好きなのは音苑なんだ。」  静かに音羽に言うと、音羽はギュッと穹のシャツを握り締めて、俯いたまま叫んだ。 「どうして?どうして音苑なの?同じ顔してるのに、どうして音苑なの?僕が男だから?だったらせめて、違う子好きになってよ!音苑以外の子、好きになってよ!そこに居る片瀬さんでもいい!」  穹は音羽の肩を優しく掴むと、そっと自分の体から離しながら聞いた。 「何でそんなに嫌がるの?俺が音苑の事好きなの、何でそんなに音羽は嫌がるの?」  音羽はそっと顔を上げると、薄らと目には涙を浮かべて、笑いながら言った。 「嫌いだからだよ。誰よりも音苑の事が、嫌いだからに決まってるじゃん。」 「嫌いって・・・。」  戸惑う穹に、悠木は軽く息を吐くと、グッと拳を握り締め、意を決して話した。 「穹、白井が天使に恋した本当の理由は、そいつのせいなんだよ。」 「音羽の?悠木・・・急に何を・・・。」  穹は不思議そうな顔をすると、音羽は勢いよく悠木の顔を睨みつけた。 「言うの?穹に!穹がどうなるか分かってて!」 「あぁ、言うよ!結局お前が、穹に嫌われるのが怖いだけだろーが!」  音羽はグッと唇を噛み締める。 「音羽のせいって、どう言う事だよ?」 「そいつは自分の父親を、道路に突き飛ばして殺したんだ。それで白井に言った。『天使が連れ去ってくれたんだ。』て。だからまだ憧れてただけの白井は、恋をする様になったんだ。」 「な・・・音羽が・・・?殺した・・・?音苑は・・・知ってるの?」 「知る訳ねーだろうが。事故死って処理されてんだしな。でも白井にとっては、『悪いモノ』を連れ去ってくれたんだ。」  衝撃の事実に、穹は愕然としてしまうと、恐る恐る音羽の顔を見た。 「音羽・・・本当に・・・?」  音羽はそっと穹の体から手を離すと、クスリと小さく笑った。ゆっくりと顔を上げると、歪に笑いながら、涙を流す。 「だから何?殺されて当然の奴じゃん。音苑はぶっ壊れちゃって、口を開けば天使天使。うざったい位に天使天使天使天使天使って連発して。だから僕が、天使から解放してあげるんだよ。」  穹はグッと拳を握り込むと、険しい顔をした。 「殴る?殴りなよ!」  音羽は穹に向かい叫ぶも、穹は小さく首を横に振った。 「殴らないよ。」  穹はギュッと唇を噛み締め、俯くと、握り締めた拳の力を抜く。 「殴らないよ・・・。音羽が殴って欲しそうだから、殴らない。」  音羽はギュッと目を瞑り、袖で涙を拭うと、穹に背を向けた。穹は肩を震わせている音羽の体を、後ろから優しく抱きしめると、そっと頭を撫でながら言う。 「音羽、お願い。音苑がどこに居るか、教えて。」  音羽はギュッと唇を噛み締めると、穹の顔を見る事無く、声を震わせ囁く様に答える。 「天使は空から来るんだ。だから・・・空へと飛べば・・・天使の所に行ける・・・。」 「屋上!」  ハッとすぐに分かったマリは、窓に張り付き上を覗き込んだ。 「ありがとう。」  穹はそっと囁くと、ゆっくりと音羽の体を離す。  自分の体から、穹の腕が擦り抜けて行く感覚がすると、音羽は慌てて振り返り、穹の腕を両手で掴んだ。 「行かないで・・・穹。音苑を死なせてやって。」 「ごめん・・・。」  穹は小さく呟くと、音羽の手から穹の腕は擦り抜けて行ってしまう。穹はそのまま屋上へと向かい、駆け上がって行った。マリは戸惑いながらも、慌てて穹の後を追う。  音羽はその場に力無く立ち尽くすと、無意識に流れ出て来る涙が、床の上に落ちた。 「何が死なせてやってだ。お前が死んで欲しいだけだろーが。」  悠木は音羽の頭を、バシッと乱暴に叩いた。驚いた顔をして、音羽は振り返ると、悠木は呆れた表情を浮かべる。 「穹の変わりに殴ってやったよ。ほらっ、さっさと来い!」  そう言うと、音羽の腕を掴み、無理やり音羽を上へと引き摺って行く。 「何すんの?離せよ!」 「お前も舞台見に行くんだよ!招待状なら俺が持ってる。」  音羽はクッと悔しそうな顔をすると、そのまま悠木に連れられ、階段を上がり屋上へと向かった。
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