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1-1、二重らせん
ジョン・レノンの命日が8日。赤穂浪士の討ち入りが14日。12月はイベントがいろいろある。
「今日は寒いなぁ」
ティッシュ配りのバイト用にとサンタクロースの衣装が用意されていた。それからコロナ対策として手袋とマスクをした。
サンタの格好で、高橋薫は広告の入ったティッシュを配っていた。
「そう?」
同じくサンタの格好でティッシュを配っていた町田至が、後ろから声をかけた。
「サンタって寒いのな。この服ってもっとあったかいのかと思ったよ」
「激しく動けばあったかいさ」
「激しくティッシュ?」
「そうだよ。僕はいつでもポカポカだよ」
「真面目か」
JR駅の東口改札を出て左に行った先の、信号までの20メートルが彼らの持ち場だった。
「寒くて、もう疲れたよ」
カオルには人生初のティッシュ配りだった。
肘のスナップを使って、弧を描くように、ティッシュを相手の胸のあたりに持っていく。そう教えられても、これが初めてのバイトともなると、うまくいかずにティッシュを受け取って貰えない。
人は、犬や猫も同様だが、動いているものをおのずと目で追ってしまうもので、ティッシュも大きく動かしてタイミングよく渡せれば、思わず掴んでしまうらしいが、カオルはどうも要領が悪い。
「よし、持ってきたティッシュは今のでおしまいだよ」
大学の事務局で斡旋してもらった由緒正しいバイトだった。
「…じゃあ、帰る」
「ちょっと待って待って、事務所に終わりましたってメールするから」
すぐに立ち去ろうとするカオルを町田が呼び止めた。
「早く着替えたい」
今日は12月1日。
1日でサンタ姿なんて恐ろしく気が早すぎて、恥ずかしすぎる。
「俺はパリピか。それなら丸メガネに長髪だった頃のジョンの格好でもして配るほうがましだね」
「冗談だろ」
「本気だよ」
やれやれとカオルは、赤くて目立つ実はペラペラな衣装を脱ぎ、ティッシュの入っていた空の段ボールにそれを突っ込んだ。
こんな寒空の下で、一瞬でもTシャツ一枚になるなんて辛すぎだ。
カオルは大急ぎで持っていた厚手のパーカーを頭から被った。
「あ、ホントだ、寒いんだね今日」
仕事が終わり、気が緩んだこともあって、町田もようやく寒さを感じた。
「だろ」
すぐさま町田もサンタからあたたかなジャケットへ着替えるとカオルに駆け寄った。
「そりゃあ、僕だって脱げば寒いよ」
「…おまえいつもこんなことしてるのか」
「こんなことって、バイトだよ?」
「寒いからもうパス。俺もうやんない」
「これぐらい普通だよ」
「…二度とやんない」
「そんな…バイト代払わないよ」
「いやいい。いらない」
「なんだよそれ」
「きみはがんばって稼ぎたまえ」
「カオル…」
「じゃあな」
カオルと町田は小学校からの幼なじみで腐れ縁だった。
いつも眠そうで無気力でつまんなそうなカオルと、愛嬌があって人付き合いのうまいカワイイ系の町田。
中学でも高校でも、ぱっと見は仲がいいように見えないのに、でもなぜかいつも一緒にいて、結果大学も学部まで同じとなると、まるでBLカップルかのような不気味さがあると、同級生によく揶揄われていた。
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