魅惑の✕✕✕

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 おうちゃんは、厳しい。  もう十年一緒にいるけど、優しい言葉をかけられたことなんてない。アメとムチならぬムチとムチ。いつもトロいわたしの保護者のような存在、それがおうちゃんだ。  目元は涼しげで鼻筋もシュッとしてるし成績だって結構いい。何より背が高いから、いわゆる「イケメン」じゃないにしてもモテる部類に入るはずだ。なのに今まで一度だって彼女がいる様子がなかったのは、きっとその厳しさが原因なんだと思う。 「だいたいおまえはさ……ーー」  今だってほら、関係ないことまで持ち出してグチグチ文句を言ってくる。こうなったおうちゃんを止める術はなく、わたしはそれを黙って聞き入れるしかないのだ。  おうちゃんの唇からポンポンと、たくさんの言葉が飛び出てくる。おうちゃんの、唇から……ーー。  ーー薄くって、つやつやしてて、ほんのりピンク。口角がキュッと上がって柔らかそう。ふれたいな、ちょっとでいいからさわりたいな……そう思うようになったのはいつからだろう。  ハッキリと自分がだって自覚したのは、小学六年の時。  当時好きだった小沢くんと委員会が一緒になって、たまたま隣の席で話す機会があった。最初こそ嬉しかったものの、間近で見た小沢くんの唇がカサカサなことに気づいたわたしは、一瞬にして幻滅したのだった。  後から思えばその「好き」はアイドル的なもので、本当に好きなわけじゃなかったのかもしれない。だけどそれからというもの、わたしは無意識のうちに相手の「唇」をチェックするようになってしまった。  顔全体や声や性格なんかより、唇が好みかどうかがわたしにとってとても重要なことになっていた。
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