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第3話 ワタクシは“転生者”
間違いない。今確かに、ラヴィニア様は“セアラちゃん”と呼んだ。一体何故? どうして?
セアラは混乱していた。
ラヴィニア様は今、木箱を椅子代わりにして、鉄格子を挟んで目の前に座っている。
そして、まるで旧来の友人であるかのように、親しげに話し、微笑んでいる。
つい先日までセアラをいじめ続け、憎むあまり、命まで奪おうとまでした人がだ。
これではまるで別人だ。どのような心境の変化があればここまで変われるのだろう?
「もしかしてラヴィニア様、それは命乞いですか?」
「……命乞い?」
「死ぬのが怖くて……、私に減刑を訴えて欲しくて、お友達のように振る舞っているのではありませんか?」
セアラの思い切った問いかけに対し、ラヴィニアが見せた反応は、思いがけないものだった。
きょとんとした顔をしたかと思えば、腕を組んで考え込み、ケラケラと笑い出したのだ。
「あ~、そっか~♪ セアラちゃん視点だと、そんな風に見えちゃうのか~。なるほど、なるほどね♪ でも違うわ。ワタクシは運命を受け入れたのだから」
受け入れた? 死ぬ運命を? まさかそんな……
「ラヴィニア様…。差し出がましい提案、お許しください。私にはラヴィニア様が王国に反逆を目論んでいるとは、とても思えないのです。冤罪ではないのですか? もしそうなら、ラヴィニア様……。私に手助けをさせてください」
「あら? このワタクシに貸しを作ろうとでもおっしゃるの? “ドブネズミ”のくせに生意気ねっ!!」
ラヴィニア様は、突然鬼の形相となり、激昂する。
「わ、わ、わ、私はそんなつもりでは……」
尻込みするセアラを見た途端、柔らかい表情へと変わるラヴィニア様。
「あ~~ゴメンゴメン。今のはウソ! ただの冗談! ちょっとからかってみたくなっただけなの! だからそんなに怯えないでっ!」
「い、今のがご冗談……ですか?」
「この悪人顔がいけないのねっ! いつもみんなを怖がらせてばかりっ! 本当にいけない顔っ!」
ラヴィニア様はおどけながら、自分の頬を両手で引っ張る。その様は道化のように滑稽だった。
どういうことなのだろう。まるでラヴィニア様の中に、2つの人格が同居しているようだ。
「教えてください。今、私の目の前には2人のラヴィニア様がいらっしゃいます。1人は気高くも憎らしい、悪魔のようなラヴィニア様。もう1人は滑稽で愛らしい、ほがらかなラヴィニア様。一体どちらが本当のラヴィニア様なのですか?」
ラヴィニア様は頬から手を離し、答える。
「そうねぇ、どちらが本当のワタクシかと問われれば、どちらも本当のワタクシとしか答えられないわ。多分だけど」
「曖昧……なんですね」
「明快な答えはあるのよ。でも、セアラちゃんに分かるように説明できるかというと…。う~ん」
ラヴィニア様は腕を組んで考え込む。
「セアラちゃんは、生まれ変わりって理解できる?」
思いもよらぬキーワードに、セアラは困惑の度を深めていく。
「ええ、はい。一応は……。一度人生を終えた人の魂が天国に言った後、再び赤ちゃんに宿って新たな人生を歩む…ということですよね?」
「そうね。そんな感じ。今の人生を謳歌しているのが“現世”で、生まれ変わる前を“前世”とも言うわね。そしてワタクシは、前世の記憶を持っているの」
「前世の記憶を……ですか? それは一体、何時の時代の記憶なんですか?」
「それは分からないわね。何しろ前世のワタクシは、異世界で人生を謳歌していたから」
「異世界……。それは、外国の事でしょうか?」
「そうね。その方が分かりやすいし、それでいいわ。前世のワタクシは外国人で、庶民の娘だった。それなりに楽しく生きていたわ。17歳で事故死したけれどね」
「それは……お悔やみ申し上げます」
「ありがとう♪ セアラちゃんは優しいね♪ で、この“前世の記憶”こそがお馬鹿なワタクシの正体なの」
「それでは、悪魔のようなラヴィニア様は?」
「現世のワタクシよ。公爵家の令嬢として生まれ、何不自由なく育てられたわがまま娘。前世の記憶が戻る前のワタクシ。つまり、本来のワタクシなの」
「それでは、今のラヴィニア様は?」
「12歳の時になるわ。転んだ拍子に酷く頭を打ち付けて、一週間ほど生死をさまよったの。意識を取り戻した時には、前世の記憶が蘇っていたの。それ以来ワタクシは、前世と現世の記憶が混ざり合ってしまったままよ。だから今のラヴィニア・クロノスは、どちらでもあり、どちらでもないと言えるわね」
見るとセアラはうなだれたまま、黙り込んでいた。
「どうかな? 理解できた?」
「いいえ…。いいえ! いいえ!! 私には分かりませんっ!!!」
「セアラ……ちゃん?」
悲しげな瞳を向けなから、セアラは声を荒げる。
「前世の記憶が蘇って、分別が付くようになったのなら、わがまま令嬢では無くなったのでしょう? なのに何故! 何故! あんな酷いことが出来たのですか? どうしてお優しいラヴィニア様になってくださらなかったのですか? みんなに愛される素晴らしいレディになれたかもしれないのに!」
「それは……それはね、セアラちゃん」
しばしの沈黙。ラヴィニア様は迷っているようだった。だが、意を決し、重い口を開く。
「ワタクシが、“悪役令嬢”だからよ!」
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