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第4話 そしてワタクシは“悪役令嬢”
「悪……役……令嬢? はぁ?」
その一言を聞いて、セアラは絶句した。
“令嬢”とは、金持ちや身分の高い家に生まれた若い娘のことだ。特に問題は無い。
“悪”とは、すなわち悪人、もしくは悪事を働く者のことだ。意味は理解できる。
だけど1つだけ、どうしても受け入れられない言葉があった。
“役”とは、演劇などで俳優などが扮する人物の事だ。それが意味するのは! 意味する事とは!!
「ラヴィニア様は、悪役を……。悪人の役を、ただ演じていたと……そう、おっしゃるのですか?」
短い沈黙の後、観念したように目をつぶり、ラヴィニアは答える。
「ええ。……そうよ」
セアラの怒りは、爆発した!
「ああああっ!!」
セアラは悲鳴にも似た叫び声を上げると、座っていた椅子を持ち上げ、ラヴィニア様に向かって叩きつける。何度も何度も。何度も何度も。
しかし自由を奪う鉄格子が、今は盾となってラヴィニア様を護り続けた。セアラの非力で檻を破るのは不可能だった。
セアラは椅子を投げ捨てると、左腕の袖をまくり、ラヴィニア様の前に二の腕を見せる。
「見てください、ラヴィニア様! これを見てください! 焼きごてを押しつけられた跡です! 回復魔法で怪我は治りましたが、醜い跡までは消せませんでした!! お忘れではありませんよね? 貴方が取り巻きにやらせたことです!! そしてラヴィニア様! 次に貴方は、焼きごてを私の顔に押しつけるよう命じました!! ジアード様が助けてくださらなかったら、今頃私は……私は……」
涙が溢れて止まらない。セアラは両手で拭いながら、話を続けた。
「あの、数々の悪事を! 嫌がらせの数々を! 貴方様は演技だと、役を演じていただけだと、そうおっしゃるのですか!」
黙って聞いていたラヴィニア様は、一言言い放つ。
「その通りよ……」
だがしかし、セアラの怒りはそれ以上爆発しなかった。信じられないものを見てしまったのだ。
それは、ラヴィニア様の頬に伝わる涙だった。
セアラは乱れかけたドレスを整え直し、放り投げた椅子を拾い、再び鉄格子の側に置くと座り直した。
「ラヴィニア様、取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「ワタクシこそごめんなさいね、マリアンナちゃん。人前では絶対泣かないって決めていたのに……」
セアラはハンカチを差し出す。
「先ほど使ってしまいましたが、よろしければ……」
「ありがとう。お借りするわ。洗って返すのは、もう無理だけれど……」
ラヴィニア様は泣きながら微笑む。セアラも釣られて微笑んだ。
気がつけば、ラヴィニア様への恨みは消えていた。今はただ、真実が知りたかった。
「教えてください、ラヴィニア様。何故“悪役令嬢”を演じなければいけなかったのですか?」
「ごめんねセアラちゃん。これ以上は話せないの」
「どうして…ですか?」
「それも…言えない…」
「どうしても…ですか」
「別のお話をしましょう♪ あの後みんなはどうしてる? 元気でいるかしら?」
公爵令嬢は、無理に明るく振る舞って、優しげに微笑んだ。
ああ、駄目だ。ラヴィニア様は独りで背負うおつもりだ。秘密は墓場まで持っていく覚悟なのだ。
いやだ! いやだ! いやだ!
このままではラヴィニア様が処刑されてしまう。
どうすれば! どうすれば! どうすれば!
………あっ
「そ、そうです!! ラヴィニア様!!」
「へ? な、な、なぁに? セアラちゃん?」
「私が何故ここに来たか、分かりますか?」
「何故って……質問やお話しをしに来たのでしょう?」
「そうですけれど! そうではなくて! 何故牢獄まで来る気になったか、です!」
「……確かに、こんな暗くてジメジメしたところ、セアラちゃんには似合わないわね」
「こんな所、ラヴィニア様にだって似合いません!」
「うふふ、ありがとう♪」
「話を戻しますけど、私が知りたかったのはラヴィニア様の真実です。ですが、私一人では監獄に行こうなんて考えもしませんでした」
「どなたか、助言してくださった方がいらっしゃるの?」
「はい! 助言だけでなく、面会の手続きまでしてくださりました」
「まあ、一体どなたが……。もしかしてジアード王子?」
「いえ、王子様はどちらかと言えば、私をラヴィニア様から遠ざけたいご様子でした」
「あら、そう…」
「助言をくださったのは、生徒会長です」
突然、ラヴィニア様の顔が真っ青になる。
「……生徒会長が? ……ナイア会長が、セアラちゃんを差し向けたの? ……本当に?」
「は、はい。『もしもの時はボクの名前を出すといい』って、『きっと答えてくれる』って、おっしゃっていました」
「そう……。ナイア様が、そうおっしゃったの……」
「え……ええ………確かにそうおっしゃいました」
落ち着きを取り戻したラヴィニア様は、ハンカチを綺麗に畳み、膝に置く。
「お許しが出たのなら…、お話しましょう。真実を」
一度深呼吸をしてから、“悪役令嬢”は静かに語り出した。
「ここはね、“乙女ゲーム”の世界なの」
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