第6話 “キーパー”

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第6話 “キーパー”

 ラヴィニア様の口から語られたのは、7年前の恐怖体験。  ナイア生徒会長の、人知を越えた力の片鱗だった…… 「ああ、困ります。困りますよラヴィニア。貴方は悪役令嬢なんですよ。改心されては困ります。ゲームが成り立たなくなってしまうではないですか」  突然の声に振り返れば、いつの間にいたのだろう。ラヴィニアの背後に、とても美しい少年がいた。 「初めまして、ラヴィニア・クロリス嬢。ボクはナイアと申します」 「あ、はい。初めましてナイア様。ラヴィニア・クロリスです」  突然の事に戸惑いながらも挨拶を返すラヴィニア。 「ナイア様……ええっと、あの……、どのようなご用件でしょう?」 「七年後、魔法学園で生徒会長をすることになる……と言えば、分かっていただけますでしょうか」 「ま、まあ、貴方が生徒会長ですの!? でも……」  生徒会長と言えば、乙女ゲーでは4人全員を攻略すると攻略対象になる、隠しキャラだ。だが、ゲームの生徒会長とは、明らかに別人だった。名前は違い、肌は黒く、ゲーム以上に美しかった。 「あっ♪ そういえばナイア様、さっきゲームとおっしゃいましたよね? ここがゲームの世界だってご存じなの? もしかして貴方にも前世の記憶が?」  幼いラヴィニアは嬉しかった。自分と同じ境遇の人がいたのだ。独りで悩まなくてもいいのだ。相談できる相手がいる。それがどんなに素晴らしい事か!  しかし、ラヴィニアの期待はすぐに打ち砕かれる。 「いいえ。違いますよラヴィニア。ボクはこのゲームの“キーパー”です。このゲームの開発者、もしくは管理者と言った方が分かりやすいでしょうか」  開発者? ゲームの管理者? それは一体…… 「もう少し、分かりやすくお話ししましょう。貴方をこの世界に転生させたのは、ボクなんですよ」 「あ、貴方が!? ワタクシを?」 「はい。たまたまですが、肉体を失った魂を見つけましたものですから」  ラヴィニアは最初、ナイアが自分と同じ境遇の転生者だと期待した。しかし、話を聞く限りでは… 「もしかして、この世界を乙女ゲームソックリに造ったのも、ナイア様?」 「その通りです。つまりはボクが、全ての元凶というわけです」  そう言うと、ナイアはニッコリと微笑んだ。 「もしかして、ナイア様は神様ですの?」 「さあ、どうでしょう。神と恐れる者もいれば、怪物と罵る者もいますから」 「それで…どのようなご用件で、ワタクシに会いに来てくださったの?」 「ラヴィニア、貴方にお願い……もしくは、提案に参りました」 「お願い? 提案?」 「ラヴィニア、まずはお願いをさせてください」 「な、なんでしょう?」 「この世界が乙女ゲームであることは、すでにご存じですね? ならば、登場人物にはそれぞれの役割がある事も、当然理解出来ている。ここまでは大丈夫ですか?」 「は、はい」 「そしてラヴィニア、貴方には悪役令嬢としての役割が与えられています。ご存じですよね?」 「……はい」 「では、貴方が悪役を降りられては困る…ということも、分かっていただけると思います」 「………」 「ボクのお願いは、ただひとつだけ。ラヴィニア、どうか悪役令嬢を降りないでください。今後も役を続けて欲しいのです。いかがでしょう?」 「で、でも……」 「別に悪人になれとも、悪事を働けとも申しません。ただ、悪役を演じていただきたいのです」 「………」 「いかがしました?」  急に黙り込んだラヴィニアに、ナイアは優しい笑顔で問いかける。 「…イヤ……です」 「ん?」 「ワタクシ、イヤなんです。大好きなセアラちゃんをいじめるなんて! 絶対にイヤ!!」  感情的に叫んだあと、ラヴィニアは後悔する。ナイア様が怒ったら、神様のような人を怒らせてしまったら、ワタクシはどうなってしまうのだろう?  しかし、ナイアは怒らない。ただ悲しそうにラヴィニアを見つめていた。 「そう……ですか……。残念ですが仕方ありません。お願いは諦めます」 「ごめんなさい、ナイア様。でもワタクシ……」 「いいんですよ。誰だって嫌なものはあります。嫌なものは仕方ありません。その代わり、一つ提案をさせてください」  そう言うと、ナイアは指をパチンと鳴らす。  突然、床が激しく揺れ始めた。  驚いたラヴィニアは、悲鳴を上げながらしゃがみ込む。  激しい振動は、建物をきしませ、棚を倒し、ガラスを割り、本や食器をぶちまける。  しかし不思議な事に、二人の側には何も落ちては来なかった。  そして1分ほどして、ナイアが再び指を鳴らすと、地震はウソのように収まった。 「ラヴィニア、もう立ち上がっても大丈夫ですよ」  少年は優しく微笑みながら、少女に手を貸し、立ち上がらせる。 「い、今のは、地震ですか?」 「はい。直下型の大地震です」 「どうして、こんな時に……」 「それはもちろん、ボクが起こしたからですよ♪」  ナイアはイタズラっぽく微笑んだ。  しかし、ラヴィニアは状況が飲み込めない。いや、本当は分かっていた。心が理解することを拒絶したのだ。  だからナイアは、イヤでも理解させるために、駄目押しをする。 「ところでラヴィニア、このお屋敷の側に、人口30人ほどの小さな村があります。ご存じですか?」 「ええ。はい。行った事はありませんけれど……」  ラヴィニアは、嫌な予感を覚える。 「先ほどの大地震で、村は壊滅しました。当然、30人の村人は全員死亡です」 「それって…どういう……。え…… ええっ?」  恐ろしい大惨事を理解してしまい、正気を失いかけるが、ナイアはそれを許さない。 「ラヴィニア。聞いてください、ラヴィニア!」  ラヴィニアの両肩を掴み、目を見ながら話を続ける。少女は何故か、少年から目を逸らす事が出来なかった。 「残念ながら、悪役令嬢に貴方ほどの適任者はおらず、代役はあり得ません。貴方がどうしても悪役を拒むとおっしゃるのなら、引き受けていただけるまで、毎日1人ずつ殺していくことにしましょう。次は誰がいいですか? お父様ですか? お母様ですか? 貴方を世話してくれるメイドがいいでしょうか?」  天使のような微笑みで、悪魔のごとき所業に走る少年に、少女は抗う術を持たなかった。 「……かり……した」 「はい? なんでしょうか?」 「分かりましたから! だからナイア様。もう誰も…殺さないで!!」 「ありがとうラヴィニア。貴方はとても賢くて、優しい良い子ですね♪ 理解が早くて助かります」  狂気の少年は、優しくささやき、愛おしげに少女の頭を撫でる。  心の折れた少女は、抗う事を諦めた…
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