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第8話 王子の想い
「間違っても、受刑者として来るんじゃないぞ。可愛いお嬢さん」
「はい。失礼いたします」
屈強な門番に深々と頭を下げると、セアラは監獄の正面門をくぐって外に出た。
空を見上げれば、昼下がりの青空。しかし監獄は人里離れた郊外にあるため、急がなければ日が落ちてしまう。
とにかく寮に戻ろう。門限を過ぎたら寮母さんから大目玉だ。
しかしセアラの沈んだ心は、自然と歩みを遅くしてしまう。
うつむきながらトボトボ歩き、何度も何度も立ち止まってしまう。
そんな時…
「セアラ」
唐突に声をかけられた。
覚えのある優しい声。ふり向くと、道の脇に馬車が止められていた。
御者を待たずにドアを開けて現れたのは、金髪で色白の美しい青年。セアラの想い人だった。
「えっ!? えっ!? ジアード様!? こ、こんにちはっ! こんな所でお会いできるなんて、奇遇ですっ! ジアード様は、どのようなご用件で、こちらに?」
うわずった声が出てしまい、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。そんなセアラを王子は微笑みながら見つめ、優しく話しかける。
「もちろん、貴方を迎えに来たのですよ♪ さあ、帰りましょう。女子寮まで送ります」
「えっ!? わ、私をですか!? ありがとうございます。……でも、どうして?」
「寮母さんが貴方を心配して、ボクに連絡をくれたのですよ。『セアラさんが思い詰めた顔をして外出した』とね」
意外だった。
寮母のミス・スローンは、仲良くなった男女を見かける度に、「不純異性交遊です!」と金切り声を上げ、仲を引き裂こうと妨害を繰り返す、筋金入りの堅物だ。もちろん、セアラとジアード王子も例外では無い。ロマンチックに盛り上がった雰囲気を、何度台無しにされた事か! もっとも、二人が今も清いままでいられるのも、彼女のおかげかもしれないが……。
そんなミス・スローンが(寮母として寮生を心配するのは当然としても)、思い詰めたセアラを心配してジアード王子に報告するなんて、予想だにしない事だった。二人の仲を黙認してくれたという事なのだろうか?
「でも…、どうして私の居場所が、お分かりになったのですか?」
セアラの問いに、王子は一瞬キョトンとした顔をすると、ひとしきり笑ってから答える。
「貴方は本当に楽しい人だ♪ 忘れてしまいましたかセアラ♪ 外出許可届けの理由覧に、『監獄のラヴィニアと面会するため』なんて正直に書いたのは、他ならぬ貴方ではないですか♪」
セアラはようやく我に返る。監獄に行くなんて書けば、ミス・スローンが心配するのも当然じゃない! そんな事にも気付かないくらい思い詰めていたなんて…。寮に戻ったら謝ろう。
走り出した馬車の中、せっかく二人きりになれたというのに、セアラは黙ってうつむいていた。憐れなラヴィニア様の事で頭がいっぱいで、王子にかける言葉が思いつかなかった。
ジアード王子もしばらく沈黙を守っていたが、意を決して口を開いた。
「監獄はどうでした?」
「とても…酷いところでした。あんな所に閉じ込められているなんて、いくら何でもラヴィニア様がお可愛そうです」
「ラヴィニアには、会えたのですか?」
「はい。お会いして、お話しする事は出来ました」
「彼女は…どうでしたか?」
「スゴイ……と思いました。あんな酷い環境で、酷い仕打ちを受けているのに、それでも気高くあろうと闘っていました。私にはとても真似できません」
「そう……ですか……」
ジアード王子の笑顔がくもる。
「もしかしたら、ラヴィニアは正気を取り戻したのかもしれませんね。いや、むしろ狂気に囚われたと言うべきか……。どのみち、今となっては全てが手遅れですが」
「え? あ、あの…ジアード様、それは一体………」
「折角です。お話ししましょう。貴方の知らないラヴィニアの一面を」
かつてラヴィニア様は、ジアード王子のフィアンセだった。聞くところによると7年前、二人で庭園を散歩中にラヴィニア様が転倒し、額に酷い傷を負ってしまったため、責任をとっての婚約だったそうだ。
だが、それはもう過去の事だ。ラヴィニア様が国家反逆罪で逮捕された際、婚約は解消されている。
「幼い頃のラヴィニアは酷い癇癪持ちで、事ある毎にメイドに辛く当たり、いじめていたそうです。ですが7年前、庭園で転倒し、石畳に額を激しくぶつけてから、別人のように変わってしまいました。空想好きな子になってしまったのです。ある時は、世界を守るだの、神から役割を与えられただのと尊大になり、またある時は、この世の全ての罪が自分にあるのだと言わんばかりに嘆き悲しみました。しかし何があったのか、ある日を境に立ち直ります。
『変えられぬ運命なら、せめて気高く生きようと思います』
そう話したラヴィニアの瞳は、揺らぎ無き決意に溢れていました。お世辞にも完璧とは言えませんでしたが、気高くあろうと努力する姿に、ボクは深く感銘を受けたのです。ラヴィニアとの婚約は、成り行きで止む負えずでしたが、もしかしたら運命的な出会いだったのではないか、ラヴィニアこそが運命の人だったのではないか……。そんな風に考えていた時期もあります」
そこで王子は一度話を切り、セアラの手を握る。
「心配しないでください、セアラ♪ これは過去の話。ボクの恥ずべき思い違いです。貴方こそがボクが愛する想い人。本当の運命の人なのですから♪」
王子の甘く優しいささやき声に、セアラはとろけそうになる。何もかも忘れて王子に身を委ねてしまいたかったが、今は話の続きの方が重要だ。
「そして魔法学園に入学して……、全ては終わりました。ラヴィニアは元に戻ってしまった。額を打ち付ける前の、酷い癇癪持ちが蘇ってしまった。そしてセアラへの陰湿ないじめが始まってしまった。ボクはたしなめました。説得しました。叱りました。しかし、貴方へのいじめはエスカレートする一方で、ラヴィニアはとうとう一線を越えてしまった。貴方の腕に酷い火傷を負わせてしまった。全てはボクのせいです。ボクが迷わなければ、ボクが決断していれば、もっと早くラヴィニアを見限っていれば、貴方にあそこまで怖い思いをさせずに済んでいたのです。いくら悔やんでも悔やみきれません。本当に… 本当に…」
セアラは王子の手を握り返し、精一杯の笑顔を返す。
「ジアード様。どうかご自分を責めないでください。セアラはとても幸せです。お慕いしているジアード様に沢山愛されて、とても、とても幸せなのですから」
セアラは迷った。もしかしたら、王子の心を迷わせてしまうかもしれない。自分から離れてしまうかもしれない。捨てられてしまうかもしれない。そんな不安がセアラを怯えさせていた。
だけど、このままではいけない。無かった事にはできない。セアラは勇気を振り絞る。
「あ、あの! 聞いてください、ジアード様! 私がラヴィニア様とどんな話をしたのか、全部お話しします!」
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