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第1話 真実を求めて
長く続く廊下を、二つの人影が進んでいた
そこは暗く、冷たく、ジメジメしていて、不潔だった。
灯りは壁に掛けられたランプのみで、今が昼であることを忘れてしまいそうになる。
天井からは汚水が染み出て、ポタリ、ポタリと滴り落ちている。服に付いたら二度と異臭が取れなくなりそうだ。
床を見て思わず悲鳴を上げそうになる。足下に大きなネズミがいたのだ。品定めをするようにじっと見上げていたが、瞬きする間に何処かへ消え去った。
あの人が、こんなところに入れられているなんて……
憤る乙女は、溢れそうな涙をグッとこらえ、前を歩く人影に心のままに訴えた。
「看守さん! いくらなんでも、ひどすぎます! あの方は仮にも公爵家のご令嬢ですよ! もっと敬意を払うべきではありませんかっ! これでは…あまりにも…ひどい……」
桃色のドレス。金髪に青い瞳。若く美しく清らかな乙女。
辛気くさいこんな場所には、あきらかに似つかわしくなかった。
「ふぉっふぉっふぉっ♪ お前さん、面白いことを言うのぉ♪」
カンテラを持って前を歩く年老いた看守は、愉快そうに笑う。
「この老いぼれに、1人でここを掃除しろと? 無茶振りもいいところじゃ♪」
「私もお手伝いします! ですから…」
「気持ちは嬉しいんじゃがな、ダメなんよ。この汚れきった牢獄へ幽閉するのもまた、刑罰のうちじゃからな」
「でも、でも、こんなところに閉じ込められていては、病気になってしまいます!」
「別にかまわんじゃろ。どう死のうが同じことさね。病気だろうが、断頭台だろうが、自殺だろうが」
乙女はそれ以上、何も言えなかった。
2人が向かっているのは、牢獄の最深部。死刑囚を幽閉する区画だった。
乙女は振り返る。
たしかに、あの人には同情の余地なんて欠片もない。
因果応報。自業自得。身から出た錆。あるいは、天罰と言ってもいい。
クロノス公爵家のご令嬢、ラヴィニア様……。
魔法学園に入学して以来、あの人は乙女に陰湿ないじめを繰り返してきた。
何度も、何度も! 何度も、何度も!!
いじめはどんどんエスカレートして行き、直接暴力を振るわれるようになってゆく。
もしも愛しいジアード王子が助けてくれなければ、乙女は間違いなく殺されていた。
だけど……
ラヴィニア様が問われた罪は、乙女への殺人未遂ではなかった。
国家反逆罪だった。
貴族が平民をいじめたところで、大した罪には問われない。平民を殺したとなれば、裁判沙汰にはなるだろうが、公爵家の力をもってすれば、犯罪をもみ消し、無罪を勝ち取る事も容易だろう。
だが、国家反逆罪となれば話は違う。王国の反逆者に下されるのは極刑。つまり死刑だ。こればかりは、いかに名家であろうとも裏工作は通用しない。下手を打てば、お家取りつぶしにまで発展しかねないのだから……
「それにしても、物好きじゃのう。なんでまた死刑囚に、面会しようなんて思ったんじゃ?」
突然、老いた看守が、乙女に話しかけてきた。
「聞いた話だとお前さん、あの死刑囚に散々いじめられたそうじゃの、セアラさんや」
ふいに名前を呼ばれ、乙女はギョッとする。
「ふぇっ!? なっ、な、何故、私の名前をご存じなんですかっ!?」
「ふぉっふぉっふぉっ♪ スマンスマン。脅かす気は無かったんよ。こんな仕事を何十年も続けているとな、死刑囚のプライバシーを調べるくらいしか楽しみが無くてよ。だからお前さんの事も多少は知っとる。お前さんがいじめられたセアラなんじゃろ?」
「……はい。その通りです」
「それでじゃ、何で面会しようと思ったん? やっぱり復讐かぁ?」
「え!? ふ、復讐?」
「自分を散々いじめてきた貴族様の惨めな姿を見られるんじゃ。さぞかし痛快じゃろうて」
「そんな! そんな事、考えたこともありません!」
「いやいや、隠さんでもいい。いじめられた苦しみや悔しさなら、このジジイが誰よりも知ってるでな」
「そうじゃなくて! そうじゃなくて……。もう、いいです」
それは老いた看守なりの気遣いだったのかもしれない。だけど、本当にセアラにそんな気はなかった。セアラが面会を望んだのには、別の理由があったのだ。
ラヴィニア様のいじめは、それはもう陰湿だった。卑劣だった。常軌を逸していた。
たとえ清らかな心のセアラでも、許せなかった。ラヴィニア様の高笑いを恐れ、憎んだ。だけど……
違和感があった。
邪悪に微笑むラヴィニア様は一瞬、ほんの一瞬、悲しそうで辛そうな表情を浮かべるのだ。
見かけたのは一度や二度では無い。何度も、何度も、悲しみに暮れていた 何度も、何度も、辛さに耐えていた。
あれは一体何だったのか? ラヴィニア様は何を悲しみ、何を耐えていたのか?
あの人の御心を、あの人の真実を、知らなければいけない。
そんな思いがセアラを突き動かしていたのだった。
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