ガリとデブ

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 食べ終わって、父と母が食器を片付けている間に、俺はなんとなしにケーブルテレビでアニメか映画を観ようと思い、テレビの前に陣取った。ザッピングしているとき、背後にある台所から顔を出した父が「買い物行ってくるけど、今日何か食べたいものある?」と、訊いてきたので、振り返りもせず、「何でもいいかな」と返答した。  父と母が出ていき、一人になった。  タッタッタッ、と時計がいやらしく一秒という長さを強調するかのように、針の音が部屋中に反響し聴こえてくる。それから、ぼんやりと映画を観て、ぼんやり風呂、夕食を済ませ、部屋に籠り、ぼんやり漫画を読み、長い時間が過ぎていき、何とか寝る事が出来た。首謀者のタダに謝っていて、タダ含め部員全員が俺を歓迎してくれた夢を見て、起きた後、現実に引き戻された。  部員から仲間外れにされただけで、学校中のみんなから仲間外れにされないだけでも良かったと思った。タダや他の部員はそこまで根回しはしてなかった。  ただ同じ4組のクラスに、タダ、タッくん、カタギリと、サッカー部員が三人もいて、俺は終始見えない紐で縛られ、見えないテープで口を塞がれている何も出来ない被害者のようになってしまっていた。  授業中も授業の合間も長い昼休みの時間も、俺はずっと自分の席から離れる事が出来なかった。本当に漏れそうだという時だけ、部員と顔を合わせないよう気を遣い、トイレに行った時くらいだけだった。サッカー部の奴と顔を合わすのが億劫になってしまった。  唯一、教室内では三人と席が近くなくて、俺が教室の一番後ろの端にいた事だけが幸いだった。何をすればいいのか分からないから、宿題や次の授業の予習をするフリで、とにかく机に筆箱とノートと教材を出した。内容が全く入ってこないけど。そんな俺に、いつもは話かけてこない大和田がベランダの窓から「ねえ、なんで真面目ぶってるの。」と、茶化してきた。  以前なら嬉しいはずだったのに、俺は空返事で適当にあしらった。俺が大和田に片思いしているのは、部員のみんなは多分知っている。ここで、俺は自分を貫き、実りもしない恋愛に挑み、大和田と二人で会話をして、楽しい時間を少しでも築けばいいのに、そんな勇気がなかった。陰でチラチラ見られてコソコソ陰口叩かれているのではないか、という不安が勝った。ピンク色のドキドキではなくどす黒い靄みたいなドクドクが胸に広がった。  時計をちらっと見た。昼休みが始まってまだ5分しか経ってない。  マーカーペンを握っている手が湿っぽい。ざわざわざわざわ、と教室内ではあちこちで会話の声が聴こえる。聴こえてくる単語で俺の異変に気付いている奴はどうやらいないって分かる。それにタダ達がいないのも分かる。ベランダに出る真後ろのドアが開け放たれてそこにもどうやらいない。俺と仲良かった奴等の声は一際目立つからすぐ分かる。  時計をちらっと見た。まだ7分しか経っていない。  歴史の教科書を取り出して偉人の顔に落書きをして時間潰しをしようと思い立った。書けば書くほど何だか自分自身が滑稽に感じた。  昼休み、5時間目6時間目、掃除、ホームルームと、息の詰まる時間を過ごした。  部活には昨日来ていなかった外部コーチの安藤さんがやってきた。安藤さんは俺をすごくいじってきた。俺はいつものように対応できなかった。その時の俺の表情を見て、何か察してくれればいいなとは思ったけど、24歳のくせに子供みたいなこの人は、頻繁に俺をからかってきた。  月曜、火曜、水曜、木曜、金曜と今まで時が過ぎるのが速くて曜日感覚が鈍くなっていたのに、今ではしっかり感じられる。その度にまだ一週間経ってないんだって気付く。  一変した学校生活も部活も日々過ごしていくうちに、クラスメイトのみんなやサッカー部と仲が良い野球部やバスケ部の奴等、コーチの安藤さん、先生、全員が俺と俺に対する部員のみんなの態度で、徐々に伝染するかのように接し方も変化していくのだろう。変化してもしなくても心境は変わらないのだろうけど。  その週の土曜日、部活が午前で終わり家にも居づらいため、一人で街に出掛けた。  前は、部員の仲良いメンバーで遊びに行くときなんかは大和田とか可愛い女子とかいたら最高だな、なんて心の奥底ではしゃいでいたけど、今は誰にも会いたくもないし、誰にも見られたくもなかった。だから、近場にあってよく溜まり場となる商業施設や商店街の中のゲーセンではなくて、少し離れた商業施設に向かった。  メダルゲーム、UFOキャッチャーやレースゲーム等のお金を入れて遊ぶ所、プリクラと、ここの商業施設のゲーセンは、場所が区切られている。俺が今入店したメダルゲームは人目にはつきにくいし、あまり人がいなくて落ち着く。  とりあえず店員にバレないように、落ちているメダルを拾ったり、わざとゲーム機を揺らしてメダルを落としたりして、メダルを集めた。  ゲーセン内は色々なゲームの騒音や流れている大音量のBGMで耳の感覚がおかしくなるくらいに結構うるさい。ゲーセン内には俺みたいな学生がまばらにいるだけだった。  ひととおりメダルを集め、どのゲームで遊ぼうかと周っているときに、出会い頭に人とぶつかった。大人とぶつかったと思い、すぐにすいません、と言い見上げると、何か見た事ある顔だった。確か違うクラスの笠原だ。目が合い、向こうも気付いたようで俺をじっと見ている。変な間が気まずくて、とりあえず「おう」とだけ挨拶した。 「おう、何してんの?」と笠原は馴れ馴れしく訊いてきた。  いつもならおめーみたいな陰キャが話しかけてくんなよ、と内心毒づくが、飄々とした表情に、俺は気が緩んだ。 「何って、メダルゲームに決まってんじゃん。ここメダルゲームするとこなんだから」 「ふーん。メダルはどこにあるの」と、笠原が訊いてきた。  よく見ると、笠原の片手にはカップ一杯のメダルが入っている。俺は片手に握っていた十枚ほどのメダルを見せて「これくらいだけど」と言ったら、 「ふーん、ボクこんなにある。ふふん」  と鼻で笑い自慢げに見せてきた。なんだこいつ。 「あ、そう」とだけ返した。  上下紺のジャージを着ている彼は中学生ながら身長が大人並に大きいし、特に体重なんて100㎏は越しているくらいの、いわば力士のような体型をしている。天然パーマの髪型に、団子でも入っているくらい頬が真ん丸としていて、犬でいうとパグやブルドッグのような癒し系な風貌だ。声変わりもまだしてないのか、意外と高くて細い声をしている。移動しようかなと思った矢先、「今から何のゲームするの」と笠原が訊いてきた。 「……とりあえず競馬のゲームでもしようかな」 「ふーん、じゃあボクも一緒にするよ」  ふーん、が口癖の彼は俺の後ろをついてきて、俺の真横のスツール席に座った。U字型に10席くらいあるこのゲームは、中央にある競馬場と化した模型を何対もの馬の人形が走り、どの馬に賭けるかというものだった。部員達とこのゲームにハマっていた時期が懐かしい。
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